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なないろめがね

北新地へ移転してから半年余りが過ぎ、ようやく周りが見えるようになってきました。
もう身も心も壊れてしまうんじゃないかと思ったオープンからの3ヶ月を経て、
なんとか年末まで乗り切り、ふと振り返ると驚くほどの問題点が山積みに。   

あぐらをかいてたつもりなど毛頭ありませんし、
自分の中では明確に分けてたはずだった「岸部と北新地」。
でも、心のどこかで「岸部でやってきたこと」を引きずってたんでしょうね。
情けないことに、反省の多い半年間となってしまいました。

ただ、それによって大きな気づきも生まれました。
より良くなっていくためにしなきゃいけないことも明確になり、
課題を克服することによって変化していける確信も見えました。
今年の半年間は、これからの北新地を大きく左右するほどの大事な半年間、
それくらいの気持ちで僕らは今年をスタートさせています。

その一環として見直すことになったHP。
北新地ではどうすべきか検証してきた「パンの予約」も、
サイトからの予約という形でようやく開始することが出来ました。
始めはオペレーション含め、ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、
問題点は迅速に改良していきますので、
どうか温かな目で見守っていただけると嬉しいです。

パンの写真も北新地で撮り直し、
文章の書き換えなどの見直しもしてる最中、
「あれ・・・?」と見つけたのが、このブログです。
岸部閉店最終日の、画像だけが貼り付けられてあったんです。
公開されてないので僕にしか見えてなかったんですが、
ログインしっぱなしだったおかげで気づくことができました。

しばらく見てなかったブログですが、
久々に読み返すと懐かしいものですね・・・。
全然書いてないと思ってましたが、
閉店直前には少し書いてたりしてました。
モンテベロの最後のサヨナライベントの記事で終わってますが、
さすがにこれではキリが悪いなと。

FBやインスタのように手軽な発信手段がある昨今、
時間も労力もかかるブログに僕が戻ることはないと思いますが、
せっかく貼り付けられた画像があることですし、
ゆっくり振り返りながら記してみたいと思います。
ブログを楽しみにしてくださってた世代の皆さん、
一緒にこの場を懐かしみながら、振り返ってみましょう。

では、始めましょうか。
季節は、春です。

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2016年、3月31日。木曜日だったんですね。
「最終日まであと何日」ばかりで、曜日など覚えてなかったです。
この日は、僕の人生の中でも忘れられない大きな区切りとなった日。
2004年4月に開店した、シュクレクールの岸部での営業を終える日でした。

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さすがに最終日ともなると少しは実感はありましたが、
寂しさを感じる余裕などはなく、
朝からいつものように、開店に向けて必死でパンを焼くのみ。
感傷になど浸ってるより、この場で焼く最後のパンをきっちり届けたい、
そんな想いの方が強かった気がします。

小さな店ですが、みんなで手分けしながら開店に向かって準備します。

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この日は開店時間を始めから遅らせてたんでした。
いつもは8時からでしたが、10時開店にして、
ちゃんと準備した状態でお迎えしたい、そんな気持ちだったと思います。

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もちろん隣のモンテベロも、この日を共に迎えます。
のちにシュクレは岸部を再開しましたが、
モンテベロの閉店は決まっていました。
本当に最後の1日のために、精一杯の準備をしてくれたんだと思います。

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これは何時の画像かな・・・?
かなり早い時間に「もう並ばれてるお客さんがいます!」と聞いた覚えが。
その頃からかな・・・、少し実感が湧いてきたのは。
「この日のために足を運んでくれてるんだ・・・」と思うと、
やはりグッと込み上げてくるものがありました。


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店内も、どんどん焼きあがってくるパンたちを並べるのに必死です。
いつもと同じ作業、いつもと同じ景色なのに、
やはりいつもとは違う日だということを、
みんなで実感しながら過ごしてました。

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オープンの時間が近づいてくるにつれ、
なんとも言えない緊張感と共に、
昨日までとは全く違う感情が込み上げてきます。
開けなきゃいけないのに、開けたくないんです。
明日からはもう開かないシャッターです。
今日開けちゃうと、今日が始まってしまいます。
それは当然ながら1日違いの昨日までは思わなかったこと。
今日が始まれば、今日が終わってしまう。
来る日も来る日も開けてた12年の営業が、
それが当然だと思ってた日々の繰り返しが、
この日を最後に幕を下ろしてしまうんです。


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気の利いたことも言えなかったなぁ・・・。
テレビの密着も入ってたプレッシャーもあったかなぁ・・・(笑)
いよいよ開店時間が近づき、みんなを集めての一言。
そして、最後の記念にみんなで一枚。
もういない子もいますけどね(笑)


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僕らは店内に戻り、最後の準備を続けます。
その間に並んで待っていただいてた皆さん。
最後の開店を待ちわびてくれてるその胸に、
うちの店は何か残せてるのかな・・・?


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オープン直前には、本当に長蛇の列となりました。
先にも書きましたが、この日は平日の木曜日。
正直、こんなに並んでいただけるとは思いもしなかったです。
評価をいただこうが知名度が上がろうが、
店に足を運んでいただくことほど、明確なメッセージはありません。
近隣のお店や住人の方々には、度々ご迷惑もおかけしましたが、
それもこれも、この日が最後。
岸部という地で、この日を超える行列を見ることはもうないでしょう。

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モンテベロも、準備が進みます。
隣でしっかりシュクレを支えてくれた戦友です。

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ショーケースにも並び始めました。
本当に、「いよいよ・・」のなんとも言えない緊張感が高まってきました。

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シュクレ号は・・・何してたんだっけな・・・。
この日も配送あったっけな・・・。
ただ風を通して日向ぼっこしてるだけだったかな・・・。
働いてたらごめんなさいね。

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さ、うちもショーケースにパンが並びました。
いつものように、しっかりパンを焼き、
いつも以上に、しっかり準備も整いました。
あとは、シャッターを開け、お客さんを迎え入れるだけです。
そう、いつも繰り返してきたこと。
いつもいつも繰り返してきたことです。


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「オープンします!」の掛け声と共に、
シャッターを開け、お客さんを招き入れます。
長い時間待っていただいたお客さんも、
嫌な顔一つせず、この瞬間を待ってくれてました。
そして口々に「ありがとう!」と言ってくれたこと、
本当に一生忘れません。
今も書きながら思い出しても泣けてきます・・・・。

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モンテベロにも、お客さんがたくさん来てくれてます。
シュクレに来たり、モンテベロに行ったり、
かなり長い時間を岸部で過ごしてくださった方も多かったようです。


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北新地では、まだあまり見れてない光景。
やはり生活圏ならではの良さの一つですね。
お母さんに手を引かれたお子さんの姿、
自転車の前後に乗せられながら来るお子さんの姿、
一目散にショーケースに駆け寄って来るお子さんの姿・・・。
受け入れられるか不安だった自分のパンを、
小さいお子さんが食べてくれてるのは、
大きな自信になりましたし、支えでもありました。


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モンテベロの店内も、もはや懐かしい・・・。
人がいてくれて、店なんですよね。
箱だけじゃ意味ないんです。
良い商品作ってたって、届かなければそこまでのもの。
全ては想いを届けるツールに過ぎないのです。
モンテベロはお菓子を、シュクレはパンを、
その手段を通じて何を届けれるのか・・・。
何を受け取っていただけたかわかりませんが、
何か受け取ってくださってたら嬉しいな・・・と願う、
最終日の景色となりました。


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正直、そこそこ岸辺駅で降りる人の数には貢献したと思うんですよね。
だって、住んでる人か通学にしか降りない駅でしたから。
なんかそういう店や会社に、市からとか何かあったら良いのになって(笑)。
ガキの頃から吹田に住んでた吹田市民が、
地元の吹田に店を出すって言っても何のメリットもないですし、
何年続けたからと言って何もない。
じゃあ、他所から来た人が店を出すのと変わらないし、
2年も持たずに閉店してしまった店とも変わらない。
「あぁ、地元でやって良かったなぁ」って体感できることが増えると、
地元に戻ってやりたいって人も増えると思うんですけどねぇ・・・・。
飲食に限らず、開業場所の選択肢なんて山ほどあるんです。
オープン前の不安に駆られる時期に、
きっかけがあるのとないのとでは、
えらい違いなんですよね。
些細なことだと思うんですけどね。
市民税もずーーーーーっと払ってるわけですしね。
育った街への愛着がない人なんていないでしょうしね。
何回か直談判したんですけどね(あ、後進のために、です)。
茨木は確か茨木市民だとなんちゃらかんちゃらあった気がするんすよね。
高槻はジャズフェスやったり茨木もなんか考えてたり、
吹田は吹田祭りくらいしかねえしな・・・って、
愚痴になって来たのでやめときます(笑)

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愚痴ってる間にパンがなくなるとマズいので、
この日は頑張って追っかけます。
最終日と知って足を運んでくださった方々に、
ちゃんと僕らのパンと一緒に帰宅してもらえますように・・・。


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姿を見ただけで、お互い一気に涙腺が崩壊しました(笑)
フランスから先に帰国し開店したのは僕でした。
パリの店の屋根裏部屋で、
ソファーベッドに2人で寝転び熱く語った夜(仕事の話じゃなかった気が・・)、
後から帰国する米田シェフに、
「言ってたことと、やってること違うやん!」って思われたくなかった。
そんなやつ普通にいっぱいいますが、その「いっぱい」側には立ちたくなかった。
語らずとも全ての時間と想いを一瞬で共有できる友であり、
きっとある部分では身内やそれ以上の存在でもある米田シェフに、
「一先ず、おつかれさま」と労ってもらえたことは、
踏み外すことなく、ちゃんとやってこれたのかな・・・と素直に思えました。


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よく、「ようこんなとこで、こんな店やってんなぁ・・・」と、
関心されたり呆れられたり、
東京に支店を出したパリのパン屋のシェフが訪ねて来て、
「マジで!?日本でこんな店やってんの!?」って驚かれたり、
特異な店という印象は欲しいままにして来たシュクレクールですが、
そんな僕が「こんな店、日本でやっていけんの!?」と驚愕したのが、
六甲道が本店だった頃、
初めて「メツゲライ クスダ」に伺った時の印象でした。


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共通項は多いんです。でも、僕なんて腐ってもパン屋です。
まだ馴染みがないわけじゃない。
それが、シャルキュトリーを、何か普通の店をやるみたく、
普通の場所に普通にオープンされてて、
覗いてみたらド本気のド直球ぶりに圧倒された鮮烈な記憶があります。
僕より何十倍も大変やったと思います。
それでも、「大変やったよね、ご苦労様でした」と、
差し入れを持って来てくださる楠田ご夫妻に、
顔を見合わせて「うん、うん、うん・・・」って頷くことしか出来ませんでした。
あれこれ言わなくたって、ちゃんと汲み取ってくださる方との出逢いは、
こういう店を貫き通したからこそ神様がくださった、宝物なんだと思います。


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ずっと皆さんを迎えてくれた、
誰が呼び始めたのか「シュクレくん」。
実は真っ白だった傘立てを、「塗ってもらえんちゃう?」と軽く頼んだのが、
「板金塗装は樋谷自動車!」でお馴染みの樋谷さん。
いつもどんな時も、ずっと応援してくださってるお二人も、
節目のこの日に駆けつけてくれました。
シュクレくんを北新地に連れていかないことは、
「岸部を必ず再開しますんで」とのことで納得していただけました(笑)


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以前、働いてくれてた子たちも、
わざわざ名残を惜しみに駆けつけてくれました。
1人1人の顔を見ると、それぞれの時期をちゃんと思い出せます。
良いスタッフにも巡り会えた、良い店だったなぁ・・・と思います。

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変なストーカーが広島からわざわざ来たアピールをしてきたので、
セコムに来てもらう準備だけはしておきました。


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異業種ですので、直属で僕の下で働いたわけではありませんが、
橋本(現・アシッドラシーヌ)と過ごした時間は、
言葉では言い尽くせないほどの濃度と熱さだったと思います。
彼が築いた礎を、必死に繋いで繋いで、今のモンテベロがあります。
・・・置いてかれた負の遺産もなかなかのもんでしたけど(笑)


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いつも周年の度に、色紙に一句書いて贈ってくださる小林太一さん。
80歳と○年の、おそらくご来店いただいてる中では最年長のお客さん。
色紙をくださる度に「来年はないかもな」と笑って仰られますが、
いつもご自身で店までパンを取りに来てくださり、
とても楽しい話をしていってくれます。マジでためになる話です。
当時の恋バナもありましたね(笑)
この日も涙を堪えながら、小さな弁天さんをプレゼントしてくださり、
「ワシやと思って置いといて。ずっと見守ってるから。」、
そう言って固い握手を交わしました。
「生きる糧」、そううちのパンを言ってくださった言葉は、
こちらこそ、僕がパン職人として生きる大きな糧となっています。

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日も暮れて、明かりが灯理、また違う顔を見せ始める両店。
これも、もちろんいつものこと。
朝が来て、昼が来て、夜が来て。
そして普通に来ると思ってた明日があって。

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夜になっても、お客さんはたくさん来て下さいました。
パンが無くなっても閉店時間までは開けてようと思っていましたし、
パンが無くなっててもいいから、
最後に駆けつけたいと思ってくれる人たちがいてくださいましたし。

投げてばかりいたって、受け取る人がいなければ成立しないんです。
確かに皆んなが皆んな、正しく受け取ってくれるわけではないけれど、
だからこそ来る日も来る日も同じ球を投げ続けて来たわけです。
「店と客」の単純な図式では見れなかった景色が、
それ以上の関係性が築けてからこそ見れた景色が、
ここから広がっていくわけです。

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閉店時間はとっくに超えてました。
それでもお客さんは後を絶ちません。
僕らにも物語があるように、
ここに通ってくださった皆さんにも、
それぞれシュクレクールを絡めた物語があるんですね。
つくづく、この店はすごいな・・・って思いました。
そして、「え?どんだけ作ってんの?」ってくらい、
焼いても焼いても、まだ焼くパンが残ってるんです。
神様がイタズラして、無くなってるのに勝手に追加してるかのようでした。
本当は夕方には焼き切って、
表に出て皆さんとお話しする予定だったんです。
が、幸せなことに、パンを1日焼き続けて終えることができました。
こんなにこんなにパンを焼かせてもらえるようになったこと、
それが12年の軌跡の全てだったような気がします。


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そして本来19時に閉店のところ、この日の閉店は21時となりました。
お客さんが来てくださらなければ、今日の営業は19時で終わっています。
それを思うと、なんだか不思議な時間でした。
延長させていただいたこの2時間は、
紛れもなく、お客さんによってシュクレクールでいさせてもらえた時間なんです。
終わってたはずの時間を、アンコールでまた舞台に立たせてもらったような、
とんでもなく有難い、本当に本当にご褒美のような時間でした。
焼き上げるたびに自然と涙が溢れて来るこの2時間は、
柄にもなく「感謝の気持ち」で満たされた時間でした。

始まりには終わりはつきもので、
当然決めた時には覚悟してた瞬間ではありましたが、
岸部での最後の挨拶で感極まる、
モンテべロ吉田の言葉を聞きながら、

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自分の手で大きな木の扉を閉めるまでの時間が、
とても長く、とても重く感じました。
ささやかな、たかが数年の小さな歴史でしたが、
ここに刻まれた、この店に叩きつけられた想いの数々は、
閉じた扉の中に仕舞われることなく、
この店に携わった全ての人の中で生き続けてくれることでしょう。

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そして何より・・・・、
閉店時間を迎え、
店を閉めるために外に出てきて初めて気づきましたが、


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この時間まで残ってくださってたお客さんは店内だけでなく、
外にもたくさんの方々が残ってくださってたんですね・・・。


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この日は、岸部閉店から北新地開店までを追いかけてくださった、
「LIFE」という番組のカメラや照明があったわけですが、
僕が店内から外に出た時に、
ちょうどその照明に照らされて、
暗闇の中にたくさんのお客さんの待つ姿が浮かび上がって見えたんです。


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いやもうね・・・・、
その光景と言ったら言葉にならなかったですよ・・・。
本当に、本当に大変でしたけど、
「大変」なんて薄っぺらいくらい魂が擦り減るような日々でしたけど・・・、
この店は、最後の最後に、
僕にこんな素敵な贈り物を用意してくれてたんですね・・・。


そして本当の最後は、
どう足掻いたって僕1人では出来なかった店です。
その店に見守られながら、ここで共に時間を過ごしてくれたスタッフたちに、

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一人一人、握手をしたりハグしたり・・・、
この時ばかりは日頃の恨み辛みなどは一旦忘れてですね(笑)、
心からの感謝を伝えさせてもらいました。


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全てのスタッフを店内に送り入れ、
これにて、12年続けさせていただいた営業に、
一旦、幕を降ろさせていただきます。


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うちのシャッター、開け閉めする時、すごい軋むんですよね・・・。
その音が、なんだか哀しくて哀しくて。
「この場所から放った想いが、地元にしか届かないではダメだ!
失速させることなくそのまま全国に届くくらいじゃないと!!」
岸部という街から本気でそんなこと思うような、
そんな無茶な主人と出会ったおかげで、
この店は声が張り裂けんばかりに叫んでくれたんだと思います。
誰も聞いてくれない頃から、今日までずっと。

そろそろ、ちょっと疲れて来た頃だと思うんです。
いろいろ、キャパオーバーになっちゃったもんね。

ありがとう。
ご苦労さま。
ちょっと休もうね。


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誰も知らない小僧が、急にこんな地で始めた「BOULANGERIE」。
「明太フランスないの?」「クリームパンは?」
「こんなん硬くて食えるかいな。柔らかいパンないの?」
そんな人がほぼほぼを占めてた開店当初。
今では、うちにあるパンを当然のように求めて入って来てくれます。
誰も、驚かなくなりました。誰も、戸惑わなくなりました。
それだけで、十分嬉しかったんです。
十分、やって来て良かったって思わせてもらいました。

それなのに、たくさんの人が店が閉まる最後まで残ってくれました。
僕は誰に頼まれたわけでもなく、
勝手にこんな店をやったわけなんですが、
最後の最後、こんな小さな店の店主に、
挨拶の機会を用意してくださった皆さんを前にした時、
「報われた〜〜〜〜〜!!!!」って言葉が、
涙と共に心の底から湧き上がって来たんです。

開店当初、本当にヤバかったです。
自分のパンを必要としてくれるマーケットが存在しないんです。
でもそれは、当然想定内ではありました。
想像以上に受け入れられなかっただけです(笑)
「10年かけて育てよう。店も、スタッフも、お客さんも。
今見れない景色を、10年後には見れるように。
今からお客さんと一緒に、そんな店になっていこう。
そしてその景色を、10年歩んでくれた皆んなで眺めよう。」
そう思い直して歩き始めた道のりでした。
っていうか、そう思わないと歩き出せないくらい現実に挫けました。

ただ、こんなに素敵な景色を見せてもらえるなんて、
思いもしませんでした。
小童が思い描いた空想を遥かに凌ぐような素敵な景色を、
僕はお客さんに用意してもらえたんです。
こんな幸せな職人、いますか?
こんな幸せな店、ありますか?
この景色を見させてもらった瞬間に思ったんです。
「僕がこの地に捧げて来た時間と労力、その全てが報われた・・・」って。

大したことないですよ。何をしたわけでもないですよ。
ただ、本当に全身全霊かけてやって来た自負はあります。
たくさんの人に迷惑もかけました。たっくさん迷惑をかけました。
下手くそ経営者ゆえ、失敗もしまくりました。
店の存続すら危ぶまれるような事態もありました。
でも、その全てに意味があったと思いますし、
その全てが僕にとっての学びでした。
当たり前ですが、パンを作るだけじゃダメなんです。
店を回さないといけない。人に手伝ってもらわないといけない。
売り上げあげなきゃいけないし、
存続のために利益も残さなきゃいけない(←これ超下手クソなやつ・・)。
頭の悪い僕なんかじゃ本気で無理だと思いました。
そこで救われた一言がありました。
「経営学は、統計である。経営は、実践である。」
経営が実践であるならば、そこには逃げずに取り組んでる。
じゃあ、10年かけてパンを学んで店を開いたように、
店を開いて10年かけて、実践の中から学ばせてもらおう。

シュクレクールは、友であり、先生でもありました。
僕はこの店でたくさんのことに気づき、たくさんのことを学びました。
1人だった僕ですが、今ではたくさんの人たちに囲まれています。


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そんな学び舎を、無くすことなんて僕にはできません。
ただ、今までと同じやり方で営業することは難しい。
その手段がちゃんと決まらない限り、
易々と「再開します」とも言えなかったんです。

予想通り、好き勝手言われましたね。
「岸部捨てるんや」とか、
「やっぱり移転した」とか、
一言も想いを交わしたことのない人たちの何の責任も伴わない言葉には、
「お前らに何がわかるんじゃ、こら!
一番この地にこの店に思い入れがあるのは、
誰より俺に決まっとるやろが!!
再開した暁には、詫びの一つでも入れんのやろな!?」
な〜〜〜〜んてことは、学び舎で学んだおかげで言わないのでした。


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今は、北新地の巨大オーブンに体力を削り取られてる日々ですが、
たまに帰るとやはりホッとします。
役割だけでなく想いも預けれる仲間がいてくれるおかげで、
岸部も四ツ橋も再開させることが出来ました。

お店はね、「勝手に作った」じゃないんですよ。
そこには通ってくれたお客さんの想いもあります。
岸部も、四ツ橋も、歳月の長さじゃないんです。
開けた責任は、僕らがちゃんと担わないと。
僕らだけの店でも、僕らだけの場所でもないんですよね。
そんなことも、お客さんから教えていただいたことです。
なのに、勝手に閉めれるわけないじゃないですか。
あんな地下の店ですけど、それなりに本気で考えたんですから(笑)


ありがたいことに、
岸部も四ツ橋も、それぞれの場所のお客さんが帰ってきてくれました。
叶わなかったですが、
無理矢理でも行きたかった岸部の再開の日、
オープンと同時にかけてもらえた言葉は、
「おかえりさない!!」だったそうです。


つくづく、幸せな店やなぁ・・・って、心からそう思います。

ありがとう。
そして、ありがとうございます。
月並みですが、これからもよろしくお願いします。


久々のブログ更新でした。つかれた。


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# by monsieur-enfant | 2017-02-14 23:17 | シュクレクール

最終営業日を前にして。

先日の23日(水)、モンテベロにて、
初代シェフの橋本(現アシッドラシー何とか)を中心に、
現スタッフとのコラボイベントが行われました。
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本来、定休日にも関わらず、
オープン前からたくさんの方に並んでいただき、
橋本の仕事遅れで開店時間が30分遅れたにも関わらず、
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穏やかに待っていただけたこと、感謝しております。
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東京からも、中村樹理子(TIRPSE)、大谷理恵(L'Effervescence)の、
元モンテベロ組がコラボ焼き菓子を提供してくれたり、
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なんやかんやと賑やかな1日となりました。

シュクレの3年目にオープンしたモンテベロ。
東京でやれてるフランス菓子が、なんで大阪で出来ないのか、
Pâtisserieなんて名ばかりで洋菓子の店ばっかりじゃねえか、
結局のところ、出来ないんじゃなくて、やらないだけなんじゃないかという、
パン屋からの菓子屋に対する当てつけみたいな形でオープンしたわけですが、
(「パン屋と違う角度でフランスを表現する手段として」も、20%くらい入ってます)
思い返せばオープン初日でほぼ全商品を入れ替えるという、
なかなか情けないスタートを切ったモンテベロ。
そこからシェフとスタッフの成長と共に店も成長し、
またそのシェフ交代を機にゼロからのスタートに戻り、
またシェフとスタッフを育て活かしながら・・・を繰り返し、
シュクレでは味わうことのなかった難題を有り難くいただきまくり、
僕自身も、ある時は苦虫を噛み潰すような日々に精神がいかれかけながらも、
「モンテベロ、やらなきゃ良かった」と一瞬足りとも思わなかったのは、
その中に多々あった気づきや学びも要素としてはありますが、
結局のところ、ここをやらなきゃ出逢えなかった「人」に尽きると思います。

実は、何度か本当に閉めようと思ったこともあり、
我慢に我慢を重ね、苦しみ抜いた挙句、
橋本に閉めるかもしれない旨を報告に行ったこともありました。
「50年続く店になりますように」と、身勝手な理想だけ置いていった橋本ですが、
「その気持ちに応えられそうにない・・・」と伝えに行ったことを思えば、
こうしてハレの舞台を用意してもらって閉店出来ることを、
むしろ本当に幸せなことだと思っています。

橋本以降、綱渡りだった店を引き継いで繋いでくれた、
大谷、前原、両シェフに改めて、
この日を迎えれたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
2人がバトンを落としてたら、今のモンテベロは無いんです。
自分たちなんて・・・って思うかも知れないけど、
繋いでくれたからこそ生まれたものが、今、確かここにあります。
名前もなく、自信もなく、不安に押し潰されそうな中、
重い重い責任だけ背負わせてしまっていたんだと思います。
本当に、申し訳なく思っています。
そして、本当に感謝しています。

他にも、橋本時代、シェフクラスの活躍をしてくれた細井(15℃)、
今でも何かしら頼んでもないのに駆けつけてくれる高橋(ボンヌターブル)、
絵美さん始め立ち上げを盛り上げてくれたみんな、
しんどい時代を支えてくれたマミちゃん、
必死こいて良い店にと闘ってくれた鶴賀谷、
いろいろあって書けない面子も多々いますが、
みんなのこと、ちゃんと覚えてます。ちゃんと店に活きてます。
そして、そんな浮き沈みの激しい店にも関わらず、
見放さず応援してくれてきた、愛のあるお客さんの皆さま。
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そのみんなに見て欲しかった、23日のショーケースです。
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ね、本当に、良い店になったでしょ?
アイテムじゃないんです。
味の良し悪しだけでもないんです。
繋ぎ、紡がれた時間、
交わした言葉、激しくぶつかった感情、笑いあった一時、
そこに携わってくれた人たちの想いの全てが、
欠かせない要素として「今」を作っているんだと感じます。

そして、それらを引き継いだ現スタッフのみんなが、
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ここに写ってない全員の想いを引っさげて、
新たな未来を拓いて行ってくれることと思います。

ありがとう。

しか言えない、頼りないオーナーでしたが、
みんなが愛してくれたモンテベロを、
みんな諸共愛しています。

本当に、ありがとう。

誰も欠けることなく、
この言葉が届きますように。

そして、31日の最終営業日、
シュクレとモンテベロ、
2店も抱えて、どう感情を処理しようかなと思っていましたが、
おかげさまで明日はモンテベロはシェフの吉田や高橋、芳枝さんに任せて、
僕はシュクレ一本で行かしてもらえそうです。

行きます。
最終営業日。
特別なことはできませんが、
誰よりも強い想いを込めて、
この地で焼く最後のパンを、
届けたいと思います。


受け止めてもらえると、
とっても幸せです。
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# by monsieur-enfant | 2016-03-30 21:42 | シュクレクール

3月、最初の営業が終わりました。
右目と左目をパチリパチリ、
瞬きしてる間に、
3月になっちゃった気がします。

早いもので、
岸部での最終営業月なんですね。
なんか、いろんな感情が入り混じって、
勝手に涙が出てくるのです。

それでも、

ここで焼かれてたパンを
忘れられないよう、
ここで焼かれてたパンを
思い出してもらえるよう、

胸の奥の方に叩き込むような仕事を、
この1カ月、
ぶちかまして終わりたいなと思います。

って書きながら・・・、

やっぱり勝手に涙が溢れてきます。

困ったなぁ・・・。

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# by monsieur-enfant | 2016-03-03 23:56

おかげさまで、本日の営業で、
本年の営業を無事終わらせていただくことができました。
足を運んでくださった皆さま、
応援してくださった皆さま、
本当にありがとうございました。

今年は、どんな年だったかと言われると、
やっぱり避けては通れないのが「移転」の発表ですよね。
そうなると、「決断の年」だったのかな、と。

今年のクリスマス、
23日の営業の為にパンを焼き始めたとき、ふと、
「あ・・・、こうしてここでクリスマスを迎えるの、
最後なんだろうな・・・」、なんて感傷的になってみたり。

そう思いながら、焼きあがっていくパンを、
パチリ、パチリ、そんな暇もないくらい忙しいのに、
なんかその一瞬が愛おしく思えて、写真を撮っていました。
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クリスマス、僕の修行時代はあんまり関係なかったんですが、
いつの間にやら忙しくさせていただくようになりました。

うちのこと知らない人でも、なんとなく「フランスパンのお店」ってイメージが、
2年か3年くらいかなあ・・・、ついてきた実感がありました。
地元の人でも、年に一回、この日くらいは食べてもらえるようになった気がします。
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バゲットは、オープンしてから10本も売れない日々が続いて、
それが20本売れた日のこと、今でも忘れれません。
大台に乗った!・・・というと大袈裟に聞こえるでしょうけど、
「ああ・・・、20本、店頭で売れる日が来たんだ・・・」、
そうしみじみ喜びを噛み締めたのを覚えています。
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そんな中、何年目だったっけな・・・、
クリスマスにバゲット100本作らせていただきました。
もう嬉しくて嬉しくて。
開店当初を思えば、夢のような本数でした。
これだけの人が、こんな大事な日の食卓に、
わざわざ岸部まで足を運んでくださるなんて、
職人冥利に尽きるってもんです。
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それから150本になり、200本になり。
いつの間にか、生産が追いつかないようになりました。

こんな場所までわざわざ買いに来ていただいて、
「売り切れてしまいました」では、大切な日のパンを、
一体どこで買ったらいいのかと困らせてしまいます。
なので何とか頑張って仕込んでも、
今度は焼く回数が間に合わなくなってきました。
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もちろん、バゲットだけ焼いておけばいいわけではありません。
全体を満遍なく焼きたくても、バゲットは売り切れないようにしたい、
パンドミは焼かなきゃいけない、レストランに出荷するパンも焼かなきゃ・・・。

今年も、皆さんにはご迷惑おかけしたと思います。
製造もいっぱいいっぱい、量も体力も、限界まで頑張って作ってますが、
疲れてクオリティが下がってしまってたりもしました。
窯も、開店時から同じ容量しかありません。
購入時にすでに10年落ちの中古だったんで、
今では大ベテランの20年選手になりました。
むちゃくちゃ頑張ってくれてます。
機械屋さんには「奇跡」と褒めてもらってます(笑)
ですが、焼ける容量に限界があることは否めません。
昔の物量とは比較にならない量を抱えても、
出口が同じでは時間が縦に重なっていくばかり。
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今年、改めて思いました。
「やっぱりもう限界なんだ」と。
いろんなところに無理がたたり、
歪みが生じてきてるのを痛感しました。

これをね、どうしても改善しなきゃいけないんです。
仕方ないじゃなくて、どうしても改善しなきゃいけないんです。
僕は「飲食業で当たり前と流されてることの全部を、
良い方向にひっくり返したい」と常々言ってきました。
しかし、何も出来てません。何もしてあげれてません。
スタッフに、パンに、快適に過ごせる環境を作ってやりたい、
ただただ、この一点しかないんです。
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僕個人に「どこかでお店を出したい」なんて気持ちは一切ないんです。
大阪市内、東京、思ったことないんです。
「お店作り」という点では、僕はシュクレクールで十分です。
こんな風にしたかった、あんな風にしたかった、そこそこ満たしてもらってます。
岸部でやっていけるものなら、それに越したことはなかったんです。
ですので、北新地に「シュクレクール」をやりに行くつもりはありません。
気持ちの中では、シュクレクールは岸部にあると思ってます。
そりゃそうです、誰にも理解されないくらいの想いは、僕が一番抱えてますから。
ただ今度は、ここで12年やらせていただいて感じた、
パンが出来ること、「食」を通じてしなきゃいけないこと、
たくさんの方々との出逢いで気づかされた「パン屋だから出来ること」、
様々な改善出来なかった問題をクリアにすることと同時に、
それらの発信地として、北新地「新ダイビル」さんという場所から、
新たなアナウンスを今よりもっと広く遠くへ発信していければと思ってます。
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移転の発表から、
店頭でもたくさんの声をいただいてます。
発表の翌日、朝から膝から崩れ落ちて泣いてくださった方もおられます。
普段、滅多に話さないお客さんからも、
ショーケース越しにどれだけシュクレクールが大事な存在なのかを、
小さい子供を抱えながら涙を浮かべ話してくださった方もおられました。
いや本当にね・・・・、
考えれば涙が止まらなくなるので閉店のことは考えないようにしてますが、
そんなお客さんの声に「岸部でやって良かったなあ・・・」って、
心の底から思わせてもらえます。

年明けからは、寂しさも徐々に増していくんでしょうね。
でも、それを打ち消すくらい切羽詰ってるって言いますか、
あまり感傷的になってる暇もないくらいスケジュールはカツカツなのです。
大きな挑戦の年になるのは間違いないのですが、
それより3月のお別れのほうがヤバい気もします。

あと、こんなタイミングで何ですが、
以前、松本さんと宮迫さんとたむけんさんが来られまして、
簡単に食事された帰られました。もちろん仕事で、ですけどね。
その様子を撮影された番組の放送日が決まりました。
1月7日(木)「松本家の食卓」に出させていただきます。
「4時ですよーだ」の最終回、泣きながら歌ってるダウンタウンさんを、
泣きながら観てた世代なので、柄にもなくド緊張しておりますけど。
個人的には実は観たことない番組でして・・・。
時間的にも「雨トーーク!」の中盤くらいが限界。
朝の早い仕事ですからね。初めて観るのが自分が出てる回ってのも新鮮です。
良かったら観てやってくださいな。

それから来年からは、一旦、週休2日に戻らせていただきます。
いよいよ迫ってくる移転の準備と、スタッフが完全に揃わない中で、
人をシフトで回さず集中させたいとの意図からです。
火曜と水曜、モンテベロと同じ曜日での定休日となりますので、
くれぐれもお間違えのないよう宜しくお願い致します。
ちなみに、そのモンテベロは年末年始、絶賛営業しておりますので、
この異質な空間が名残惜しいと思われる方、どうか足を運んであげてくださいませ。

さ、長くなりましたが、
これをもちまして、本年の御礼の挨拶とさせていただきます。
スタッフ一同、積み重なった疲れをとり、
パンクしそうな脳みそを整え、リフレッシュして新年に臨みたいと思ってます。
束の間ですが、また元気な顔で再会できますよう、
皆さんも体調管理には十分気をつけて、良い年越しをお迎えください。

では、改めまして、今年一年、本当にお世話になりました。
来年は一層危なっかしい年になると思いますが、
変わらず可愛がってもらえると嬉しいです。

皆さんの一年が素敵な時間とともに締めくくられますよう、
新たな一年が、希望に満ちた一年となりますよう。


良いお年を。
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# by monsieur-enfant | 2015-12-29 01:14 | とりとめなく・・

ご報告。

みなさん、ご無沙汰してます。
ここに書くのは、5ヶ月ぶりになりますね。
前の記事、「変革の7月」って、何したっけ?って読み返しちゃうくらい、
あんまり覚えてませんね。本当に月日が経つのが恐ろしく早い・・・。
ちなみにバゲットは、ここからもうちょっと変化しました。
もういちいち書きませんけど(笑)


さて、久しぶりにここで書くことになりますが、
大事な大事な発表と言いますか報告がありまして。
良い知らせなのか、悪い知らせなのか、
読む方によって様々な反応になると思いますので、
できれば心して読んでいただければ幸いです。


では早速。


あのですね、唐突ですが、
来年、2016年3月をもちまして、
丸12年間お世話になってきました現体制での岸部での営業を、
終了させていただくことになりました。



お世話になったとか、
感謝してますとかでは、
薄っぺらすぎて語れないくらい、
皆さんに支えてもらってここまで来れました。
この場で営み続けることの厳しさ同様、
ここでやらなければ得られなかった温かみは、
生涯忘れることはないと思います・・・。




人も来ない開店当初から支えてもらった方々とは、
ここで共に歩み時間を刻んだ12年間だと思っています。
本当にありがとうございました。
変化や成長を積み重ね、
僕らは今回こういう決断に至りましたわけですが、
できれば変わらず見守ってもらえたら嬉しいですし、
それは僕らの大きな力にもなります。
岸部の続きを、共に見れることを楽しみにしています。



それから、
こんな偏ったお店にも関わらず、
いつも変わらぬ顔を見せに来てくれる地元の方々。
こういった方々との出会いが、
「岸部でやって良かったあ」って思わせてもらえる一番の理由でした。
そして、今回のこの決断を一番躊躇させたのも、
そんな方々となかなか会えなくなってしまうことでした。
勝手にこんな場所で開いて、一方的な主観を突きつけてきた、
そんな小生意気な店主を見捨てず接してくださったこと、
本当に感謝の気持ちしかありません。
ま、地域のほとんどには結局興味も持たれなかった感もありますけどね(笑)



わざわざ交通費や時間をかけて遠くから来ていただいた方々も。
最初は店先に車が停まっただけで「え?車でわざわざ買いに来られたの?」と、
驚いていたものですが、割合的にはその「わざわざ来ていただく方々」に、
支えられてきたのが事実です。そして、「わざわざ買いに来る」という行為は、
「美味しかった」では済まず「来て良かった!」って思わせなきゃダメだという、
良いプレッシャーでもあり、モチベーションでもありました。
お車の道中であったり、岸辺駅からの長い徒歩での景色であったり、
皆さんには皆さんの景色があり想い出もあることだと思います。
本当はずっとここでやって行けたら良かったんですが、
そのストーリーをここで一旦閉ざしてしまうこと、本当に申し訳なく思っています。



開店当初を思えば想像も出来なかったくらい、
たくさんの方々と出逢うことが出来ましたし、
ショーケースを見るなり帰って行かれるお客さん続出で、
食べてもらうこともままならなかったことを思えば、
信じられないくらいたくさんのパンを焼かせてもらい、
皆さんの元へと届けることが出来たと思います。
今となってはヒイコラ言いながら働いてますが、
それは全然当たり前ではなく、
こんなパンをこれだけ作らせてもらってることに、
改めて感謝しなきゃいけないなあ・・・と、
しみじみ振り返っています。


そしてそして、
この店に携わってくれた全スタッフにも感謝です。
パートさんでも、顔を見ればすぐその頃を思い出すような、
素敵な濃い出会いにたくさん恵まれました。
去っていった職人のうち何名かは自分のお店を構えたり、
今度は自分の想いや考えをパンやお菓子に込め、
一線で頑張ってくれてる子も少なくありません。
経営が下手で、借り入ればかり増え、
情けないくらいお金を残すことは出来ませんでしたが、
それよりも大事な「人」を残すことは出来たのかなあ・・・と、
彼らの活躍を覗き見しながら、勝手に思わせてもらってます。




さて、2つ目です。そう、もう一つあります。
今回、止まるだけの報告をするために書いてるわけではないのです。
店を閉めるだけでは当然ありません。
昨年7月にオープンした「四ツ橋出張所」に続いて・・・というと、
ちょっと語弊があるかも知れませんが、
順番からするとそうなるので書かせてもらいます。

僕たちシュクレクールとモンテベロは、
この度、四ツ橋に続いて新しい店舗を、
大阪市内に出店させていただくことになりました。

皆さんは、どこだと思われるのでしょうね。
どこだと喜んでもらえるんでしょう。
怖さもありますが、さっさと発表します。

ズバリ「北新地」です。更に、薄々気づいてるとは思いますが、
今回、出張所ではありません。岸部を閉めるわけですから。
本店機能移植の、ほぼ「本店移転」という形を取らせていただきます。

そして、「北新地のどこ?」となるわけですが、
ご縁があり、12年の岸部での想いの全てと、
これからの新たな10年を丸ごと預けることになったのは、
地上31階・地下2階の規模を誇る、「北新地 新ダイビル」です。
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来春の開店に向けて、プロジェクトはすでに動き出しています。
内容の発表などはまだまだ先になりますが、
今日、12月6日の日曜日をもちまして、正式に情報解禁となった次第であります。

いろいろ想いはありますが、
僕自身に「次は、どこでやりたい」という希望や願望は一切ありませんでした。
例えば千葉のツオップさんや、京都のたまき亭さんのように、
郊外でも関係なくお客さんを引っ張ってこれる強い店もあります。
そうなりたかったのですが・・・、そこは僕の力不足だと思います。

ただ、組織として考えた場合、
今後の展開で最優先しなければいけないのは、
厨房の拡張と、人も生地も快適に過ごせる労働環境づくりでした。
自分が一人で初めた思い入れのある場所でということよりも、
多くのスタッフを抱えるようになった今、
現状を総合的に判断して、より良い未来を選択していかなければなりません。
そして、「より良い未来」だと迷いなく思えるようになったのは、
「新ダイビル」という素晴らしい物件と出逢えたことは大きかったです。
フランスに行く前に働いてた北新地に戻ってくるとは思ってもみませんでしたが、
このご縁を大事に、「ここにシュクレクールが来てくれて良かった」、
そう思ってもらえるよう、全力で頑張ります。


実際、決めていくこともまだまだこれからで、
今言えることは多くはありませんし限られた中でとなりましたが、
皆さんへのご報告とさせていただきました。
現体制での営業は、残すところ実質3ヶ月ほどとなりましたが、
ここで出来ることは精一杯やらせていただき、
その景色を今一度、大切に目や心に焼き付けておきたいと思ってます。



長々と、読んでいただきありがとうございました。

では、失礼します。



ブーランジュリ ル シュクレクール
店主 岩永 歩
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# by monsieur-enfant | 2015-12-06 16:00