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なないろめがね

「カテゴリー」と「ルール」と「インテリジェンス」

えっと、なんだか難しい表題になってしまいましたが、
肩肘張らずに読んでいただければ幸いです。

大きく分けると、「料理人」という枠はとても広く、
定食屋のおじさんも、三ツ星のシェフも、同じ「料理人」と言えるでしょう。
ただ、同じでありますが、同じでないこともわかると思います。
どっちが良いとか悪いとかではなく、「同じ料理人」ではありません。
そうやって、それぞれの背景には大きく「ジャンル」が分かれていて、
さらにその世界の中で「カテゴリー」として区分けされてるわけです。

それらは、僕ら側が勝手に区分けしたわけではなく、
各国の歴史の中から、お客さんの使い勝手や用途によって、
必然的に枝分かれしていったものなんです。
「レストラン」にはレストランの、「ビストロ」にはビストロの、
築いてきた文化、根ざしてきた文化があり、
そしてそれらにはそれらなりの楽しみ方があると思うんです。
気軽にボリュームある料理を楽しく食す食堂が「ビストロ」であって、
非日常の空間で、非日常のおもてなしに、華やかな料理の数々。
ガストロノミーの世界を堪能する「レストラン」。
極端な場合を除いて、狭い店内に席数も多く、ワイワイガヤガヤと、
「楽しく食べる」ビストロと、
食において唯一エンターテイメント性を許されたカテゴリー、
つまり「食べることを楽しむ」レストラン。
ビストロでは狭苦しい・・・と言う方は是非レストランへ。
レストランでは堅苦しい・・・と言う方は是非ビストロへ。
ビストロをレストランのように使おうとして周りがうるさいとか、
レストランをビストロのようにワイワイ使ったりとか、
これらは完全にカテゴリーを履き違えてるわけですし、
それらの行為を楽しむカテゴリーをちゃんとチョイスさえ出来れば、
本人も周りも店側も、みんなハッピーになるわけです。

スペイン料理というジャンルの中に、
いわゆる「モダンスパニッシュ」なるカテゴリーがあります。
一瞬の感動や驚きに多大な時間やアイデアを振り絞って作り上げた一皿を、
最良のタイミングで提供しなければなりません。
そこでお客さんが急にトイレに立とうものなら全てが水の泡。
楽しむほうもそれなりの協力と理解が必要になってきます。
一生懸命楽しませようとしてくれてることに対して、
こっちも一生懸命楽しもうという姿勢も必要やと思うんです。
「そうしなさい」と言ってるわけではありません。
それが嫌なら他のカテゴリーを楽しんだら良いのです。
作るほうだって真剣です。食べてほしい「今」のために、
止む無く話に割って入らなきゃいけないこともあると思います。
それを「話を邪魔された」などと言う方もおられますが、
そこが何を提供し、何を感じてもらい、
そしてそのためにどれくらいの労力を捧げてると思いますか?
むしろ料理のタイミングに合わせて
会話を少し中断するくらいの配慮があってしかりやと思います。
なぜなら、そういう「瞬間」を提供する店を選んで行ったのは、
紛れもなくお客さん側なのですから。

もちろん、何度も繰り返し言ってるように、
「ブーランジュリ」にも「パティスリー」にも当てはまることです。
シュクレに来て「茶色のパンばっかりや」と言われましても、
「柔らかいのが好きやのに、固いのばっかりや」とか言われましても、
「BOULANGERIE」を掲げてる責任として、菓子パンやデニッシュを、
安易に並べることはできないと思うことが普通やと考えています。
ですから、そういうのがお好きな方が誤って来られないように、
「パン工房」とか「ベーカリー」ではなく「BOULANGERIE」と明確に差別化して
表記してるつもりなんですが・・・・。
この業界、曖昧な店が乱立してるおかげで、
責任もって掲げてる店があまりないおかげで、
安易に「時流」として屋号に付けてる方が大多数を占めてるおかげで、
なんだか「BOULANGERIE」が、軽んじられてる気がして歯痒いばかりです・・・。
モンテべロに来られたお客さんでも「ショートケーキが無くて残念やった」とか
言われる方もおられますが、いやいや・・・・そりゃ無いですよ。
「PATISSERIE」とは、「総合お菓子販売店」ではないんです。
バウムクーヘンやロールケーキも美味しいですし、食べますけど、
「フランス菓子屋」を掲げる店に置いてあるのは本来おかしいんです。
「BOULANGERIE」と同じように、それが本来の「カテゴリー」であって、
わざわざ識別できるように掲げて営業してるわけです。
「ここは日本ですよ?」と言われる方もおられますが、
それが指すのは日本特有の物真似文化故の曖昧さでしょ?
フランス料理食べに行って、カツ丼出てきたら、さすがに怒るでしょ?
それと同じような、フランス文化を愚弄する行為を、
多くのパン屋や菓子屋は平然と行っているわけなんです。
作り手側がそれらを明確にしてない現状、お客さんが理解できるわけもありません。
「美味しい」「まずい」だの言う前に、僕らがやらなあかんことがあると思うんです。
ただね、そこに重きを置かない作り手を罰したり取り締まったりする基準や規則は
今の日本にはない以上、選択するお客さんにも知ってもらうことが必要になってきます。
カテゴリーを理解し、それぞれの楽しみ方を理解すれば、
双方の見解の違いによる不快な思いも減り、無駄足を運ばずに済み、
より楽しく有意義な時間が過ごせると思うんですが・・・。

それにはまず好奇心を持って「知ろう」と思ってもらうことから始まります。
わかりやすい例えに「スポーツ」があります。
気軽に誰でも楽しめるのがスポーツの良さでもありますが、
「ルール」を知ったら、そのスポーツの奥深さだったり楽しさだったり、
もっとわかると思うんです。知らなきゃやったらいけないというわけではなく、
知れば「もっと」楽しくなる、ということです。
アートとしての絵画や写真もそう、歴史もそう、
実際に背景が存在するものって、勉強しなきゃ本質を理解することはできせん。
気楽に楽しむのも楽しみ方の一つとして理解できますが、
知っておいたほうが、より楽しめることって多いと思うんです。
そこで必要なのが多少の「インテリジェンス」。考えることが重要になってくるんです。
ただね・・・・、そこなんですよ。
それらの多く、思考や思想は「わかりやすさ」に溢れた現代社会によって
薄らいでる・・・と言うより奪われつつあるんじゃないかと思うんです。
わかりやすさは場合によっては親切で助かりますが、日本は過剰です。
はたして「過剰なわかりやすさ」は親切とばかり言えるんでしょうか?
わかりにくいものは「不親切」。
計る物差しは「自分自身」。
いつも基準は「自分自身」。
それでは新しいものや知らないものに対して、
本当の理解や評価、楽しむことが出来るのでしょうか?
頭でっかちになれと言ってるわけではありません。
知識や経験を振りかざし、表面的なことでしか判断できず、
物事を「堪能する」ということを忘れてる哀しい方も、よく見受けられます。
そんな振りかざす知識ではなく、楽しむための知識を少しでも持っていただければ、
お店側と、お客さん。そして同じ時間、同じ空間を過ごしてる他のお客さん、
みんなが「良かった」と思える時間となり、空間となり、
支払った金額や、過ごした時間、食べてしまった料理など、無くなるものの多い中で
色褪せぬ記憶、「想い出」へと変わり、いつまでも心に残ることでしょう。

僕らは与えるだけでなく、お客さんからも沢山いただいてます。
時には手厳しい指摘をいただき、反省したりもしますが、
多くは明日頑張る力を、奇麗事では無く、お客さんからいただいているのです。
一言の「美味しかった」で、それだけで気分良く明日また頑張れてしまう、
そんな単純な人間ばかりです。
むしろ、それらを力に変えれなければ、こんな過酷な仕事、やってられません。
そんな、切っても切れない両者の関係が、
もっともっと良くなっていけたら素敵やなぁ・・・・って、願わずにはいられません。

美味しいものを食べることが好きな皆様と、
食べて喜んでもらうことが好きな僕たちと。
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by monsieur-enfant | 2009-03-10 20:42 | とりとめなく・・