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なないろめがね

二人の卒業式

またこれ大分前の記事になってしまうんですが・・・・。
ちょっと時期外れになってしまいますが、良かったら読んでやってください。

ちょうど入学式は、南仏にいたような。
パリでの仕事を終え、帰国前にどうしても南に行って帰りたかった僕。
当初の予定では入学式に間に合ったんですが、
「入学式に日本に戻って南仏行くのとパリから南仏行くのとどっちが安い?」と、
屁理屈を並べて帰ってこなかったのを思い出します(笑)。

それから6年の歳月が過ぎました。
今日ここに長女が卒業式を迎えます。

思えば普通の小学校に入れるか養護学校に入れるか悩んだ時期もありました。
養護学校のほうが安心ですし、迷惑をかけることも少ないでしょう。
でも、この子が生きた証、生きた記憶を、一人でもいいから持って欲しいと願いました。
いじめられたり、煙たがられたり、偏見の目で見られることも覚悟の上でした。
ただ、そんな偏見の目に幼い頃気づかなくても、成長し大人になったとき、
何か気づいてくれる健常児の子が一握りでもいてくれれば・・・・・、そう願ったのです。
そう思えたのは僕の幼少の記憶からでした。
記憶力の乏しい僕は、同級生の名前などをすぐ忘れてしまいます。
そんな中で今でも覚えているのが小学校1年2年と一緒だった障害を抱えた女の子です。
名前もフルネームで記憶しています。一緒に帰ったことも覚えています。
今でもはっきり思い出します。
「上村ゆき子」という懸命に生きてた女の子と、そのお母さんの姿を。
そんな風に、誰かの心の中で、記憶とともに生きていてくれたら・・・・と願いました。

岸部と相川の間くらいかなぁ・・・。療育園という施設があるのをご存知ですか?
吹田に住んでる方も知らない方も多いんじゃないでしょうか?
皆さんの日常の、ほんのすぐ隣で、
障害を抱えた子、そしてその親御さんが、
行き場の無い不安や、受け入れきれない現実、
それらを拭い去るような大きくは無い希望を胸に、
同世代のお父さん、お母さんが、闘っておられるのをご存知ですか?
そんな施設から小学校に進学。上記の理由で健常児と共に過ごす道を選びました。
しかし受け入れ制度がある学校も少なく、
特にうちの子のような重度の障害を抱えた子は前例がなく、
おまけに食べることも出来ないうちの子は、
胃に直接液体を流し込む「食事」自体が医療行為に当たるとされ拒否されるなど、
運良く近くの小学校に入学し受け入れてもらえることになりましたが
問題は山積みでした。
子どもたちよりも大人側、先生や学校側との温度差や認識の差。
それらを一つ一つ、山ばと学級の先生や介護士の方々と、
根気よくクリアしてきたんやと思います。
まぁ、僕が語れるのはこれくらいですわ。
当事者ではない人間が、ちょっと話過ぎましたね。
あとは長女と、それを一番近くで支え苦しんだ人間のみぞ知る、苦悩や闘いの時間です。
ほとんど関わっていない僕が綺麗ごと並べれるような領域ではありません。
そして今日の日のありったけの喜びは、この2人が分かち合うべき喜びなんです。
そう、今日はそんな闘ってきた母と娘、二人の卒業式なんです。
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と、思っていたんですが、のっけから号泣してしまいました(笑)
卒業生は一人ずつ入場してくるのですが、一番最初が同じやまばと学級のお友達。
不自由な足を懸命に進め歩いてる姿に、
親御さんや周りの方の御苦労や6年の軌跡を思い、不覚にも涙が溢れてしまいました。
半端じゃなく大変やったと思います。心からおめでとうと言いたいです。
前日は「こけたらどうしよう」と眠れなかったようですが、一番堂々と懸命に歩いてました。
せっかく「二人の卒業式」やと思ってたのに、
「先に泣くから泣けなかった」と言われてしまいました(笑)・・・・・すいません。
うちの子は一番最後。一人では歩けないのでバギーを押してもらっての入場です。
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こんな晴れの舞台。一人で胸張って歩きたいやろうに、バギーを押してくれたお友達、
ほんとにありがとう。

卒業証書もいただきました。
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多くの卒業生がそうやと思いますし、僕もそうでしたが、「記念品」的な卒業証書。
卒業に苦労したわけでも努力したわけでもありませんでしたからね。
こんなに重いものだということを、娘に教わった気がします。
当たり前じゃなかったんだよね・・・。

先生に連れられてゲートを潜ります。
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ほんとに僕は無知でした。
この子がこんなに愛されてること、こんなに沢山の方に囲まれ支えられ過ごしてきたこと、
そして、家族以外の人にも、こんなに愛してもらえる子だということも・・・・。
山ばと学級の先生、介護士の皆さんの笑顔や涙、それらが僕に教えてくれました。
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卒業式の前は3日ほど体調を崩し休んでた娘も、久しぶりの知ってる声に嬉しそうです。
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前回、長女を初めて紹介したとき、数々の声をいただきました。
しばらく会ってない身内にも、その成長ぶりを見てもらえる良い機会やったと思います。
昔、長女と関わった方や、同じく障害を持った子供を抱える親御さんからも、
とても熱い、優しいメールをいただきました。
その中の、ブログ内の文章や、メールでの返信に、
数々煮え切らない発言があったこと、この場をお借りしてお詫び申し上げます。
黙っていては、これらのことが美談になってしまいますし、
このたび発売された本にも掲載していただいたので言いますが、
僕は今、一緒に住んではいないんです。2年前から一人で暮らしています。
ですからこういう記事を書くことを躊躇していましたし、今まで書かずにいました。
特に長女については触れずにいました。
障害を持った子を抱えていることを隠していたわけじゃなく、
「障害を持った子を抱えてる」というだけで起こる、同情や、憐れみの目が嫌でしたし、
温かい応援や励ましの声を受けるのも、
僕ではなくこの子の母親が受けるべきだからです。
僕は書く資格もない愚父ですし、
書くことそのものが偽善じゃないのか・・・と自問自答もしました。
哀れみや同情を買いたかったわけでは更々ありませんし、
苦労話を聞かせたかったわけでもありません。
それに、こんなとこでチラッと書いたくらいで理解してもらえるような、
そんな平たい時間じゃないんです、障害を抱えた子を育てるってことは。
精神的にも、肉体的にも、金銭的にも、そして多大な「時間」を割かなくてはいけません。
ただね、やっぱり知ってほしかったんです。
こんな子や、その子を守る母親が、こんな身近なところにもいるんだってことを。
そして、ただただ懸命に生きるという、
忘れてしまいがちなことを思い出してもらえるんじゃないかとも思いました。
身の回りに溢れる当たり前の日常や、燻って過ごしてる自分自身が、
どれだけキラキラした可能性に満ちているのかということに、
もしかしたら気づいてもらえるんじゃないか・・・・とも。

卒業式の後から体調を崩し、結局肺炎で入院していた娘も無事退院し、
中学の入学式には間に合いそうです。
一般の子らと触れ合う機会は減りますが、
今度は同じく障害を抱えた子供たちと頑張って中学校の3年間を過ごします。
相変わらず言葉も発せませんし、食べることも、起き上がることもできません。
目が見えることもないのかも知れません。
でも、すやすや幸せそうに眠る表情を見ると、
この子にとってのこんな些細な幸せが続くことを祈らずにはいられません。
そして、ちゃんと存在してる意味や意義を「生きる」ということで表現しているんだ、
そう感じるのです。

心から「おめでとう」。
今日はそんな娘と、その娘の世界一の母親の、
二人の立派な「卒業式」でした。
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by monsieur-enfant | 2009-04-07 17:48 | とりとめなく・・