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なないろめがね

利用価値。

なんなんすかねぇ・・・。
ホント・・・、なんなんでしょうかねぇ・・・。
結局、僕に利用価値が無いということなんでしょうかね・・・。
でもね、「上手に」なんて付き合えないんですよ。
僕は「真っ直ぐに」しか付き合えないんですよ。
だって、自分で決めて来たんでしょ?
ここでやりたいって来てくれたんでしょ?
「自分が甘かった」なんて、初日でわかったはずです。
それでも覚悟して来てくれたと思うから、時間も労力も惜しまず捧げるんじゃないですか。
僕もその子を背負う覚悟を決めるから本気で怒るんじゃないですか。
勝手に背中に負ぶさってきて、
こっちだって投げ出しそうな時も踏ん張って、
いつか1人で歩けるようになるまでって踏ん張って歩いてるのに、
「降りますね」ってサッと降りられたら、
空っぽになった背中はどうするんですか?
忘れようとしたって、重さを覚えた背中はあなたを覚えてるんですよ。
辛いのは、自分だけじゃないのに。
嬉しいのも、自分だけじゃないのに。
それが、仲間っていうもんじゃないんでしょうか・・・。
僕は人生とは「出会い」を紡いでいくものやと思っています。
一本の太く長い出会いがあれば良いですが、そういう出会いばかりではありません。
だから出会うだけでは駄目なんです。
ちゃんとその出会いを、大切にしたり、紡いだり、
自分でしなきゃいけないことがあるんです。
出会うたびに切ってしまっていては、その出会いは意味を成さなくなってしまいます。
過ごした時間が、意味のないものになってしまいます。
・・・また、いつか会いたいじゃないですか。
これじゃ・・・二度と会えないじゃないですか。
何故、糸を切るような辞め方をするのでしょうか。
何故、ここで途絶えさせてしまうのでしょうか。
僕は、店を出すのに9年かかってます。
あなたは、たった9ヶ月じゃないですか。
9ヶ月で、その仕事の何を見たのですか?
人は困難にぶつかった時に、
本能的に「進む」ことを選択する人間と、
「退く」ことを選択する人間とにわかれます。
進むタイプが探すのは「続ける理由」。
退くタイプが探すのは「辞める理由」。
続ける理由を探すには前を向かなきゃいけません。
逆に辞める理由は足元を弄るんです。
でも、困難にぶつかったときなんて、足元だって暗くてよく見えないもんです。
その結果、自分の心に手を突っ込むんです。
自分の弱さを隠れ蓑にするわけです。
都合の良いときだけひっぱりだしてきて、
「自分の考えが甘かった」
「もっと出来ると思ってた」
これらはね、前を向いてる子にとっては続ける理由にもなることなんですよ。
「だからもっと頑張んなきゃ」ってね。
結局、自分の思考次第。
奮い立たせて進むエネルギーに変えるのか、
己を甘やかせて、逃げる口実に使うのか。
生命活動をしてるってことが「生きる」ってことじゃないんです。
楽しいこともあるけど、苦しいこともあるのが人生やし、それも「生きる」ってこと。
「ここまで頑張ったんやから」っていうやつのほとんどが、
「ここまでしか頑張ってない」やつです。
どこまでってラインなんてないんです。
成し遂げるまでやったやつが成し遂げてて、
途中で辞めたやつが成し遂げれない、ただそれだけなんです。
しかも自分で志したものなら尚更です。
自分で志したのに何故逃げるんですか?
やらされたわけじゃないものから逃げて、一体何に立ち向かえるというのですか?
これだけ豊かな日本で自殺者が多いの何故だかわかりますか?
もちろん一概には言えませんが一理あると思うので聞いてください。
家も無く貧困層の多い国がありますよね?
確かに医療も整備されてなかったり、食糧も満足に供給されてなかったりして、
成人までに亡くなる方は多いんですが、自殺者はゼロに近いんですって。
それはね、生まれてきたことだけでも幸せだから。
生きてることが幸せだから。
そんな命を絶つなんてとんでもない!そんな概念すら存在しないんですよ。
日本はどうでしょう?何故自ら命を絶つんでしょう?
それらの多くはね、他人との比較なんですって。
競争意識を生んだり、プラスの要素も多々ありますが、
妬みや僻み、優越感や劣等感など、
対象が無ければ生まれない屈折した感情も存在します。
そんなことよりも自分がどうなのかが大事なんじゃないでしょうか?
自分が志したものに対してどう向き合ってるか、
どう挑んでいるかが大事なんじゃないでしょうか?
それらは実は、挑んでいるのは自分自身になんですよ。
向き合って闘ってるのは、自分自身となんですよ。
僕は仕事は自分を研磨していくものやとも思っています。
それぞれがそれぞれの研磨機を使って、自分をブラッシュアップしていくわけです。
やのに、それから目を逸らしたり、途中で投げ出してしまっては、
成人になり怒られることも少なくなる中で、どうやって人として成長するのでしょうか?
楽しいときに、人の成長は少ないものです。
苦しんだりもがいたりしてるときに次のステップのヒントを、
気づかぬうちにたくさん探し、集めてるものなんです。
誰が楽しいときにそんな作業をしますか?
足りないからこそ、及ばないからこそ、補う術を探すんじゃないでしょうか?
出来ないことが出来るようになれば、すなわち自分の成長に繋がるわけです。
出来ないことも少なくなり、本当にどうすればいいのかわからず頭を抱える日も来ます。
そっから抜け出るのには、才能やセンスがいるのかも知れません。
でもね、今抱えてる現実は、神様が仕事と・・・つまり自分自身と対峙させるためのもの。
それほど・・・自分が思ってるほど高いハードルじゃないんですけどね・・・。
ま、高い低いは問題じゃなく、越えなきゃいけないのか否かが問題です。
越えれないハードルから逃げた安堵感は束の間で、
越えてないハードルは、また必ず目の前の現れるものです。
「何度もチャレンジした」と開き直るのは勝手ですが、
何人の人間がそのチャレンジを見守り応援していたのか、知ってますか?
「みなさんのおかげです」って、上手くいったときのお涙頂戴コメントじゃないんです。
上手くいってないときだって、みんな応援してるんです。
上手くいってないときだって、みんな支えてくれてるんです。
結果が出ない時だって、見捨てず励ましてくれてる仲間もいるんです。
どっちが泣きたいと思いますか?
なぜ、あなたが泣くんですか?

こないだ言ってた「サービスの勉強に行こう」って予約したレストラン、
誰か代わりを連れていきますね。
それから・・・翌週に控えた誕生日の前祝いにと用意してもらう予定だったデザートは、
事情を話してキャンセルしておきます・・・。
喜んでくれると思ってたんやけどなぁ・・・。
寂しいですね、こういうの・・・。
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by monsieur-enfant | 2009-06-19 04:15 | とりとめなく・・