ブログトップ

なないろめがね

「肉声」  ~後編~

こないだ、「人生に目標があれば、半ば成功」なんて言葉を、何かの本で読みました。
それぐらい「目標」を持つということは大切で、
あるとないとでは人生の充実度は全く変わってくると思います。
見つけようと思って見つけられるものでもないですしね。
ですから今、目標がある人はラッキーです。
人生の小さな宝物を手にしてるわけですから。
でも、その宝物を、いとも容易く破棄しますよね。
目標を見つけたこと自体素敵なことやのに、目先の苦難にかまけて投げ出してしまう。
そんなの目標とは呼べませんよ。
特に何の目標もない自分を、自分で説得させる単なる動機作りでしかないでしょ。
「目標」とは、その目標を達成することよりも、
それを達成するための道程のほうが重要やと思うんです。
安易に投げ出す子を見ると、自分の人生を粗末にしてるようにしか見えないんです。
そりゃ本人は楽なほうを選択して、自分の身を守ってホッとしてるんでしょうが、
残念ながら、越えれなかったハードルは、ちゃんとまた目の前に現れるようになってます。
結局越えるために1から頑張るはめになるのか、
シカトし続けるかしかなくなるんですよね。
挑むのか、眼を逸らし続けるのか、それが人生の過ごし方そのものになるわけです。
シンプルでしょ?どっちを選びますか?
でもね、残念ながら多くが「どっちも選べない」ってアンニュイな選択なんです(笑)
もう、知ったこっちゃないですわ。
あと、店や会社がなんとかしてくれると思ってる、とんだ甘ちゃん。
義務教育やないんやからね。受け身で来るなら辞めたほうがいいと思います。
そういう子らはね、結局会社や周りのせいにして辞めていくんです。
会社がどうとか、周りがどうとか、そんなことグダグダ言う前に、
自分がどうなのかが問題です。
箱に依存した連中に何ができると思いますか?
現に、党のためにしか動けない議員や、
病院の言いなりの医者、
学校の顔色見て働く先生、胸糞悪いわけですよ。
それぞれ、国民のために、患者のために、生徒一人一人のために、
自己を捧げる職業じゃないですか?
僕らだってそう。店のために働く?もちろん結果的にはそうなるかも知れませんが、
お客さんに喜んでいただくために働いた結果が、店のためになるのが通常の流れです。
パン屋に入ればパン職人に、菓子屋に入れば菓子職人に、
勝手になれると思ってる子も多いはず。
もちろん大きな間違いです。
自分からなろうとしない奴に開かれるほど、扉は軽くはないんです。
「手に職をつける」とか、よく聞く言葉ですし、
なんかカッコよく聞こえるのかも知れませんが、
僕にとってはそんなの小銭を稼ぐくらいの覚悟にしか聞こえません。
「職人」とは、手に職をつけてる人を呼ぶんじゃないんです。
人そのものが、その職と成す人のことを呼ぶんやと解釈しています。
人生の大半を捧げ、生涯をかけてその「職」と向き合い理解していこうとする心意気。
お金を稼ぐ手段を得ることではなく、
その職と共に生きる覚悟を決めた人のことを言うんやと思うんです。
もちろんその職を背負う「人となり」も重要です。
仕事が出来るだけの人間なんて必要ありません。
もちろん、人がいいだけでも仕事になりません。
僕は、厳しすぎますか?
いやいや、プロとは普通の人間じゃないんです。
これは現役時代の王 貞治選手の言葉だそうですが、
尋常じゃない練習を自分に課す王選手に、
「なぜそこまで努力をするのですか?」と記者が問うた時、
「プロですから」と答えたそうです。
「プロですから、普通の人間だと思ってはいけないんです」って。
普通のことやってたら、それは「普通の人」ですからね。
「プロ」を名乗る以上、常識を越えた環境に身を晒すことは、ある意味当然。
「プロ」としてやるべきことすらしてないのにプロ面してるオーナー連中だったり、
「プロ」にはなりたいなどとと言いながら、苦しいことから目を背ける若者だったり、
だからそれでは「普通の人」なんですってば。
「世界の王」がここまでの覚悟を自分に課してたわけです。
どこの馬の骨かもわからん僕らが、
それ以上の気概を見せなくて、はたしてプロと名乗れるのでしょうか?
もちろん王さんと比較なんて、足元にも及ばないかも知れませんが、
いつか足元ぐらいには及んでみたいと、強く思うわけなんです。

確かに常識が常識ではない特殊な業界。
志す子らにもそれなりの覚悟をもって来てもらわなくてはいけないのは変わらない事実。
そしてその自分を取り巻く環境・・・親や恋人、奥さんや家族、
みんなにどう理解してもらい、我慢してもらい、協力してもらうのか、
これも大きな問題となるわけです。
周りの理解、応援なくして、この仕事は務まりません。
同僚との関係もそうですね。
ですから本人も含めて、そこまでを「スタッフ」として気に掛けることも、
経営者である僕らには必要になってくるわけです。
恥ずかしい話、うちも昔、田舎から出てきた女の子を、
親御さんが連れ戻しにきたことがありました。
ズカズカと厨房に入ってくるなり、娘を連れて帰るという父親に、
「なんて非常識な振る舞いですか!」と言ったところ、
「ここの労働体系のほうが非常識だろ!」と言われ、
「もっともです」と答えたことがありました(笑)
いやいや、笑い事じゃないですよ。
僕は当時、自分のことで精一杯、眼の前のことで精一杯、
それを言い訳にして、娘を想う親の気持ちまで見てあげれてなかったですからね。
親御さんの気持ちも含めて、その子だったんですよ。
親と店の板挟みになって、さぞ辛かったことでしょう・・・。
今でも申し訳なく思います。
やはり僕らの業界にとって労働時間は大きな課題。
だって、そもそも時間のかかるものを作ってるわけですからね。
レストランなんて、営業時間そのものが長いわけですから。
でも、「だから仕方がない」ばかりでは何も変わりません。
「昔はそうだった」で、まかり通る時代は過ぎてると思います。
確かにとんでもない子らも多くなってますが、
僕ら側は僕ら側で、沢山やらなきゃいけないことがあるはずです。
でなきゃ、いつまでも「井の中の蛙」のまま。
売上に直結しないことに投資するのは、僕らには本当に怖いところ。
僕だって偉そうに言えるほど実行には移せてません。
正直、資金面や設備面において、
わかってても、なかなかすぐ改善できるもんではありません。
なんとかしなきゃって言いながら、うちも5年経ってますから。
でも、やらなければ新たな課題も見えてこないと思うんです。
周りに支えてもらってばっかりの僕らですが、
いつかスタッフに還元できる時が来ると思うんです。
次のアクションを起こせるようになった時には、
生産能力よりもスタッフの環境を考えたアクションを起こしたいと考えています。
うちの子たちに、「君らが頑張ってくれたから出来たことなんだよ」っていう世界を
絶対に見せてあげたい・・・いや、見せなきゃいけない、そう強く思っています。
それが、それを信じて頑張ってくれてる子たちに対する、僕が示す感謝の形。
そして僕がさらに次に進むためにも、
しなきゃいけないステップだとも思っています。

世の中の価値観はコロコロ変わります。
スタッフの年代も変わればスタッフの価値観も全然変わってきます。
そこに柔軟に順応できれば一番良いのかも知れませんが、
僕には残念ながら時代を読む力も、個々に順応する器用さもありません。
変わっていくものの多い世の中で、
変わらない価値観を自分の中に持ち続けることだけでも大変です。
ですが、「変わらない」と言ってもまだまだひよっ子。足りないものだらけです。
基軸をしっかり持ち、良いと思うものに触れ、足りないものを付加し、目線は高く、
多くの人やものに触れ、本質を見極めながら、
「成長」という名の変化を求めていけたら・・と思っています。
この仕事は本当に「人」に苦しめられます。
でも、「人」に支えられ助けられてるのも事実。
「人」からしか得られない喜びによって、僕らは生かされています。
僕は昔から「そのうち誰とも働かれへんようになるんちゃうか・・・」と心配されたり、
店をオープンして人を雇った時に、「誰かに仕事任せてることが信じられない」って、
元同僚に言われるくらい人を寄せ付けなかったんですが(自覚は無かったんですが・・)、
今はスタッフにも恵まれ、一人では感じられない喜びも教えてもらいました。
怒鳴り散らして「一人仕事に戻りたい~!」って思うことも(多々)ありますが、
スタッフの成長を見る喜びは、何物にも代えがたい喜びがあります。
お客さんからの愛ある「声」には、全ての苦しみを帳消しにしてもらえる時もあります。
満足していただいた顔は、明日への大切なエネルギーです。
そもそも「美味しいものを作って喜んでいただき、それで生活をさせてもらう」という、
何とも幸せでありがたい、平和な仕事やと思ってます。
僕は本気でやってる人が大好きです。
キュイジニエという人種、
パティシエという人種が大好きです。
嫌なことばかり書き連ねたかもしれませんが、本当に素敵な職業やと思っています。
専門学校も行かずに、成り行きでこの世界に入った僕ですが、
この仕事を辞めずに続けてきて、心から良かったと思えます。
みんな、身も時間もお金も削って、いろんなことを犠牲にして、
料理というものに、お菓子というものに、パンというものに、
人生を捧げてる変人たちばっかりです。
でも僕はその変人達が大好きなんです。

そう思える仲間に出会い、
そう思えるスタッフに出会い、
そう思えるお客さんに出会い、
シュクレクールは幸せな店だとつくづく感じます。
そんな出会いを生んでくれたシュクレクールに心から感謝しています。

武田 鉄也さんの歌に(海援隊だったっけ?)

人として、人と出会い、
人として、人に迷い、
人として、人に傷つき、
人として、人と別れて、
それでも、人しか、愛せない

という、皆さん御存知の詩があります。古すぎますか?
スタッフに「初めて聞きました」と言われ、軽いショックを受けています(笑)
でもね、ホンットに今、沁みるんですよね・・・・。
大事にしなあかんなぁ・・・って思うし、
大事にしなあかんなぁ・・・って思ってほしいし。
そして単純に、
「出会えて良かった」
「一緒に働けて良かった」
そう思ってもらえる人間になりたいなぁ・・・、そう思います。

結局3週間ほど掛かってしまいました。
頭の悪い僕ですので、何度も考え、何度も読み返して、何度も書き直して、
僕なりの精一杯の文章でしたが、お見苦しいところも多々あったと思います。
そんな中、ちゃんと読んでくださった方々、ありがとうございます。
ためになるような経営論を述べたわけでも、
経験を生かした人材掌握術を綴ったわけでもありません。
MBA所得者のような説得力も、もちろんありませんが、
これが現場の生の声です。
逆に、知識だけでは書けないことを書けたんじゃないかと思います。
客観的に見るも良し、自分に置き換えて考えるも良し、
何か感じてくださってれば幸いです。

・・・・なんだか長々と書き綴ってきたものの、
内容が多すぎて上手く〆れなくなってしまいました(笑)
とりあえず、再生ボタンをクリックしてみましょうか。
ちなみに、この動画を流して泣きそうになりながら曲を聴いてる僕を、
休憩中のスタッフが、遠い目で見てました・・・(笑)
経営者とは、孤独な生き物ですね。
  " target="_blank">
重ね重ね、長い時間お付き合いいただきまして、ありがとうございます。
前編、後編、まとめて書いてたら、
文字数が多すぎて掲載できないとのことで2部に分けさせていただきました(笑)
この手の話は、しばらく書けそうもありません。燃え尽きました・・・。
では、エンディングテーマと共に、お別れいたしましょう。さようなら~!!
[PR]
by monsieur-enfant | 2009-07-09 16:55 | とりとめなく・・