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なないろめがね

「いただきもの」

先日・・・と言いましても、
なんだかんだ書き連ねてるうちに1週間は経ってしまいましたが、
「真のプロ列伝 ~同業者が選ぶ本当にスゴイ職人~」という番組がありました。
その中で、パティシエとして選ばれていたのが「オーボンヴュータン」の河田シェフ。
良いパティシエ、優れたパティシエは多くいれど、
こういう名目ならおそらく満場一致で選ばれると思われるシェフです。
僕が今更ここで紹介する必要もない方ですが、
番組中の一言をはたしてみなさんがどう思われるのか知りたくて書くことにしました。

僕が「影響を受けた」なんて、正直恐れ多くて言えません。
お見かけしたことはあれど、話したことはないし、今後もないと思います。
初めてお店に伺ったのは24の時。今から10年ちょい前ですね。
東京のパン屋さん巡りがメインで、今のようにパティスリーやレストランの知識はなく、
コムシノワの西川シェフが働いてらした・・・という程度の理由での訪問でした。
その頃は行くことが目的で、何か感じる為の基盤もないぺーぺーもいいとこでした・・・。

僕はね、一緒に働いた人で魅せられ惹かれ心酔したのは、日本人ではただ1人。
現「フール ド アッシュ」天野シェフ、ただ1人です。
物づくりにおける「精神構造」「味覚構成」、
フランスという国に対する「想い」や「敬意」、
そしてフランス菓子に対しての溢れんばかりの「情熱」、
学び、感じ、パクり(笑)、今の僕の職人としての骨格の全てを作ってもらった恩師です。
「ル シュクレクール」という店を作れたのも、
「良いブーランジュリって無いでしょ?」って仰ってた天野シェフに対して、
「良いブーランジュリだね」って言ってもらえる店を、
ブーランジェである僕が作ることが最大の恩返しだと思えたからなんです。
パティシエとして真摯にフランス菓子と向き合う姿に、
「この人のように僕は、ブーランジェという仕事に向き合えてはいないんじゃないか」
そう自問自答したことも、渡仏のきっかけになりました。
天野シェフのような職人になりたかったんです。
「ケ モンテベロ」というパティスリーを作ったのも、
天野シェフを通じて初めて本気のパティシエの生き様であったり、
フランス菓子というものに対する並々ならぬ想いに触れれたからです。
イルプルシュルラセーヌで学んだ天野シェフの、
「弓田さんの味覚を理解しようと、食事も採らず彼のお菓子ばかり食べていた」
という話を聞いたとき、鳥肌が立ったのを今でも覚えています。
方法が合ってる合ってないの話じゃありません。そこに「凄み」を感じたんです。
僕が大好きで尊敬する「パティシエ」という職業、基準は天野シェフなんです。
だから洋菓子だらけの関西の自称パティシエに腹が立ってきたんです。
何度も言うように、洋菓子を否定するつもりはありません。
洋菓子屋なのにパティスリーを名乗ってることが腹が立つんです。
パティスリーを名乗りながら、平気で洋菓子を売ってることが腹立つんです。
そして、平然と「パティシエ」だと言い放つ無神経さにも腹が立つんです。
ま、パン屋もしかりですが、こっちは酷すぎて収集がつかなくなるので辞めますね。
そして、やはり東京には「オーボンヴュータン」を始めとするという名店がありながら、
関西にはそのようなフランスのエスプリを感じる店がないジレンマがありました。
キャリアを重ねた方もいます。ルセットも氾濫している世の中です。
「やれない」んじゃないんです。
「やらない」んですよ、明らかに。
やらないなら僕がやろう、
それらをフランス菓子だと思われるくらいなら、
売れなくたって一石を投じれる店を作ろう、そう思ってモンテベロを作りました。

「ケ モンテベロ」が「オーボンヴュータン」を目指しているわけではありません。
ってか、目指してるなんて言うのも恐れ多い、到底辿り着けるレベルではありません。
でも先にも書いたように「影響を受けた」・・・と言うのも恐縮なんですが、
憧れました。純粋に「カッコイイ」、そう思えたんです。
それは何かを貫き通した先駆者としての姿、
突き詰め邁進する職人としての生き様。
その多くはパティシエやキュイジニエの姿から学んだものが多いんです。
「コートドール」の斎須シェフの本は何度も読み返しました。
フランスに旅立つ時に買って、しわくちゃになるまで読み返したのも、
当時のレストランのオーナーシェフたちのフランスでの修行時代のエピソードや、
今、日本で「フランス」を表現するために闘ってるシェフたちの記事が載ってた雑誌でした。
残念ながらパン業界、
河田シェフや斎須シェフのように身体を張って道を拓いて下さった方、皆無です。
「フランス料理」という文化を持ち帰り伝えようとしてくれたシェフたちがいて、
「フランス菓子」という文化を持ち帰り伝えようとしてくれたシェフたちがいた中で、
パン業界が持ち帰ってくるのはいつも目先の情報や知識、技術だけ。
「バゲットがどうの」「クロワッサンがどうの」、「ロデブがどうの」、
話はいつも「パン」単体のこと。
「ブーランジュリ」という文化を見て感じて持ち帰り伝えようとするシェフがいてくれてたら、
異業種のようにそれらを身体を張って店ごと体現してくださる方がいてくれてたら、
現在の決定的な意識や仕事のレベルの差にまでは
開いていなかったんじゃないでしょうか。もう少し、早く気づけたんじゃないでしょうか。
パンを作るには確かに専門の知識や技術が必要ですが、
パンを創るには、表現をするための源になる感性を磨かなくてはいけません。
そして「パンをつくる」以前に、仕事への姿勢や情熱が大切やと思います。
「好き」程度じゃ駄目なんです。「凄まじく好き」じゃないと駄目なんです。
月日が経った今も、「キュイジニエ」や「パティシエ」という職業と同じように
明確にフランスを背負った職業として「ブーランジェ」を名乗れる作り手が
はたして日本に何人いると思いますか?
温度差がありすぎるんですよ。温いんですよ、情熱の温度が。
本を読み、話を聞き、キュイジニエの壮絶な人生のドラマに心躍らせ、
パティシエの表現する「フランス菓子」に心を奪われ、
それらのシェフが闘ってきた「フランス」という遠い国へ想いを馳せれば馳せるほど、
日本の「ブーランジェ」という職業のあまりの曖昧さに違和感を覚え、
当時よくわからずにブーランジェだと思ってた自分に、
強烈な恥ずかしさすら覚えたものです。
実際、本国に忠実な(ラインナップ的に・・・ね)ブーランジュリが出てきたのは、
ここ数年来の「カイザー」や「ヴィロン」ついでに「ポール」などの、
海外組の進出まで無かったわけです。ホント、ここ最近になっての話ですからね。

僕が今回こんなことを書き始めたのは、一番最初に書いたとおり、
テレビで河田シェフが言っておられたこんな一言を、
ここからもう一度投みなさんに投げかけてみたかったからです。

  「古くからあるお菓子を
     
   売りやすいように曲げて商売するのはいけない。
        
      もっと、お菓子を大事にしなきゃ。」

                                  
安易に「パティスリー」と掲げる洋菓子屋さん、これを聞いてどう思うのでしょうか?
「日本人に合せました」「甘さ控え目にしました」そう言いながらも、
自身を「パティシエ」と名乗る方々、いったいどんな顔でこの言葉を聞くのでしょう。
もちろんこれはお菓子業界に限ったことではありません。
「本質」を歪めてしまってる全ての物事に当てはまるんじゃないでしょうか。
例に漏れず「ブーランジュリ」を、意味も知らず掲げるベーカリー崩れもそうです。
「俺らは俺らの業界やから」と菓子パンと合いまみれた商品を作り続けているうちは、
少なくてもこういう方々と本気で対峙することはできないでしょう。
「立地がどうの」「売り上げがどうの」「お客さんがどうの」
この業界に蔓延るお互いを守りあう合言葉のようなフレーズを並べ立て、
結局はそこまで貫けなかったことを言い訳にしながら仕事してるレベル同士が集まって、
進歩の無い傷の舐めあいに終始するのが関の山です。

こうした河田シェフのような先駆者が、
今でもひたむきに且つ頑なに自ら感じた「フランス菓子」を守り、
若者に交じり厨房に立ち情熱を傾けてる様を見て、
なぜ皆さんは安易に消費者へと流れることができるのでしょうか。
なぜそれらを「フランス菓子」と言えてしまうんでしょうか。
多少の罪悪感や羞恥心くらい持っててくれてるんでしょうか。
特に僕らのような若造クラスが安直にロールケーキなどに流れる様を見てると、
心から「パティシエ」と名乗らないでほしいと願わずにはいられません。
それらが「フランス菓子」だと、お客さんを騙さないでいただきたい。
「パティスリー」と掲げないでいただきたい。
ってか、なぜ平気でそ知らぬ顔で掲げれるのか聞いてみたいくらいです。
もちろん同じことはできませんよ。河田シェフだから出来ることもあるでしょう。
だからこそ・・・、僕らのような若造は、まずは実直に、そして誠実に、
「フランス」というものに向き合うことが必要なんじゃないでしょうか?
って言うか、そこから始めなきゃいけないんじゃないでしょうか?
向き合い、問い、悩み、考え、感じ、
初めて「pain」というものは何なのか、
「フランス菓子」というものは何なのか、
やっとうっすら見えてくるってもんじゃないんでしょうか?
自分が背おう「ブーランジェ」という仕事、「パティシエ」という仕事、
その本質を理解することなくチャけた仕事をすることは、
フランス本国や、先駆者のみなさんに対する愚弄や冒涜とさえ思います。
僕がその本質を理解しているとは言いかねます。
でも、その本質を知りたいと強く思っています。知らなきゃと強く思っています。
生涯かけて理解していくものだと覚悟を決めています。
今僕がやってることは、まだまだ赤子の戯れのようなものかも知れません。
でもその赤子でも、そんな方々のような職人に育っていきたいんだという意志があります。
周りに理解されなくても、利益率も生産性も悪くても、
僕は人生を揺さぶられた「フランス」というものを少しでも皆さんに伝えたい。
ただその一念しかありません。
そして実際働いたとかお会いしたとか関係なく、
こんな出来損ないの僕を導いてくださった出会いに対して、
それを形にし表現することが恩返しに当たるんやと思っています。
だからモンテベロのステンドグラスに「月」が浮かんでいるんです。
「自分で光ってるんじゃない。
いただいた光を僕が反射することによって光らせてもらってるんだ」
そういう自分への戒めが込められてるんです。

「もらったものはもらったもの。
 感動しただのなんだの言ったって、実際やってることは正反対。」

そんな不義理だけは絶対したくありません。
「感銘を受ける」とか「影響を受ける」とかって、受けるだけじゃ駄目なんです。
「受けたからどうなったか」が大事なんです。
受けた自分がどう生きてるかが大事なんです。
僕は想いをいただいた、お会いしたこともない方も含めて、
その素晴らしい職人たちに顔を合わせられない仕事だけはしたくありません。
それが例えお客さんの要望に沿えない理由になったとしても、
「良いなぁ・・・」「かっこいいなぁ・・・」と思って頑張ってきた自分から、
顔を背けて舌を出すようなカッコ悪いことはしたくありません。
みなさんもあるんじゃないですか?
ミュージシャンや俳優さんやアスリート。
近いとこなら、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんお母さん、
学校の先生だったりクラブの顧問だったり、
同僚だったり上司だったり、はたまたよく行くお店の店長さんやスタッフさんだったり。
さっきも書きましたが、「受ける」だけじゃ駄目なんです。
同じことをやる必要はありません。でも何も変わらないじゃ寂しいでしょ。
いただいた想いは自分の中に落とし込んで消化し、
ちゃんと表現していかないと。
なにも、いただいた方に見えなくてもいいんです。
僕もそうです。岸部でなんだかんだ言ってたって、誰の耳にも入りません。
でもね、そうやっていただいたものを僕なりに表現して生きていると、
隣で働いてるスタッフが、ちゃんと見てくれてたりするんです。
そう、もらってばっかりじゃなくて、今度は与える側になっていかないと。
そうすれば、少しずつですが良い想いは連鎖していくはずです。
良いお店だって増えていくし、良い職人も増えていくことでしょう。

僕はX JAPANのHIDEの生き様に、
「カッコいいなぁ・・・。自分もこんなカッコいい30代を過ごしたいなぁ・・・」
そう20代の頃、漠然と思ったものです。
これも大事な「いただきもの」。
僕なりに精一杯カッコよく生きてみたいと思っています。
やると決めたことくらい、本質を見誤ることなく、媚びることなく、
ただひたすら、真っ直ぐに。ただひたすら、真っ直ぐに・・・・。
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by monsieur-enfant | 2009-07-29 08:36 | とりとめなく・・