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なないろめがね

ちょっとしばらく留守にします。

子供のころは、我ながら本当によく怒られた子供でした。
毎日毎日怒られて怒られて過ごしていた気がします。
それに拍車がかかったのが、父の転勤によって大阪に引っ越してきた、
小学校一年生辺りからだと思います。
よく怒られる子供だったと同時に、よく怒る母親だったと思う。
怒られるほうも怒られるほうだが、怒るほうもよく根気よく毎日怒り続けたものだ。
だからか、母親とは「怖い」存在。
笑ってても、「いつ怒られるのか」、家ではどこかビクビクして過ごしてた小学生時代。
そのとらうまか、今でも人一倍警戒心が強く、人を受け入れることがなかなか出来ない。
4年生くらいになってからか、家庭科の授業が始まった。
何作ってたかなぁ・・・・。あんまり覚えてないけど、お好み焼きとかだったかな?
学校で作ったやつは、必ず家でも振る舞ってました。
最初は、せっかく作ったんだから忘れないうちに・・・くらいでしたが、
そのうち「美味しい」と言われると、調子に乗っていくもので・・・。
そのうち、勉強も駄目、運動でも目立つことのない出来そこないの僕が、
唯一家族をを笑顔にさせれる手段になりました。誉めてもらえる、数少ない手段でした。
「美味しい」は、喜びとともに、心の安堵、必要とされてる実感も得られ、
その時間だけは、自分はここに居てもいいんだと思える時間でした。
家庭科でやった料理はもちろん、母親の買ってきたレタスクラブなんかのレシピを、
自分のノートに勝手にちぎって貼り、作ってはメモを添え、
小生意気にもレシピ集なんかを作ってたのも、
喜んでもらいたい、誉めてもらいたい、その一心だった気がします。
中学になり、部活が忙しくなるのと共に、
徐々にそんな機会は減ってっちゃいましたけどね。

僕が初めて自分で焼いたパンを、人にプレゼントしたのは、
この仕事を始めた年のクリスマス頃だったんじゃないかな?
結構、いろんなところで書かれてしまってますが、
僕がこの仕事を始めたのは、当時お付き合いしていた彼女がパンが好きだったから。
何もかも中途半端、一念発起して大学を辞めたのはいいが、
野球しかやってこなかった僕には何もやりたいこともなく、
かといってどうでもよい会社に入るのは抵抗がある・・・。
ようは何か理由が欲しかったんですよね、頑張れる理由が。
自分に何もないのなら、好きな人の好きなものを毎日焼ける仕事なんて素敵やな、
そう思って始めたのが、この仕事のきっかけです。
「彼女のため」、頑張れる理由も見つかりましたし。
そうそう、初めてパンをプレゼントしたのはその彼女でした。
まだ入って数か月の僕は、「自分で作る」なんてまだまだ無理。
ですので、お店のパンドミの型より小さい型を借りて、
店長さんが捏ね上げた生地をちょっと分けてもらい、
自分で分割して、自分で丸めて、自分で成形して、自分でホイロに入れて、
言わば真似ごと、おままごとみたいなもんです。
でも、ドキドキドキドキしながら一工程一工程進んだのを覚えています。
もちろん他のパンドミがオーブンに入る時も、
僕が自分の一個だけオーブンに入れるんです。
そして、最後に僕がそのパンドミだけ、自分で窯から出すんです。自分のだけね。
うざっ!!これ、うざいっすね!(笑) ま、良く言えば「ピュア」(笑)
でもそれが、当時の僕の「自分で作ったパン」。精一杯でした。
その精一杯を、この仕事に導いてくれた人に最初に食べて欲しかったんです。
オーブンの焼きあがりのブザーが鳴り、その勢いで店長が、
僕の出すはずだったパンドミを焼きあげてしまった時は、
全てが終わったかのような喪失感に包まれ崩れ落ちたのを思い出します(笑)
それをね、事前に雑貨屋さんで買っておいた籐の籠に、
モスっていうんですか?あのモシャモシャしたやつをいっぱい入れて、
その中に小さなパンドミを隠して彼女に渡したんです。
一人の人の為に大事に大事に焼いた一つのパン。
その気持ちは、その何百倍ものパンを焼くことになってる今でも、
不特定多数のお客さんに焼き上げるようになってる今でも、
持ち続けていたい、僕の原点の気持ちです。
そしてその時の彼女の喜んでくれた表情が、
15年もの間、パンを作り続ける最初の大きな力となりました。

そして今、こうしてシュクレクールという店を営んでいます。
全てはお客さんの「来て良かった」の一言の為に、
毎日時間も労力も削って、ただただ喜んでもらうためにパンを焼いています。
喜んでもらって、美味しかったと言ってもらって、
初めて僕は僕の存在意義を知るんです。
それは今でも幼少の頃のままなのかも知れません。
だから執拗に喜んでもらえることに執着します。じゃなきゃ、やる意味がない。
お客さんが期待するなら、そのどれだけ高く、どれだけ遠くに着地できるか、
それに挑むことでしか自分の「今」を測れなくなってるのかも知れません。
人を喜ばせるのに、「ここまでやったら喜んでくれるよ」って明確なラインがあれば、
そのラインまでやったら満足するのかも知れませんが、
そんなラインや基準など、存在するはずがありません。
どこまでやれば満足してもらえるのかわからないのであれば、
やれるだけのこと全部やってみるしかないじゃないですか。
僕は、そんなに簡単に人を喜ばせれる子じゃありませんでした。
そんなに簡単に人に喜んでもらえる要素を持ち合わせた子ではありませんでした。
僕にとっては今も昔も変わらず、人を喜ばせることは簡単なことではないんです。
だからこそ、簡単ではないからこそ、
それに挑むことは職人として当然のことやと思ってやってきました。

でもね、人を預かる立場になってしまった今、
自分の信念が仲間の健康や、命を脅かすことに繋がってしまったら、
それはそれでも貫くべきなんでしょうか・・・・と、ふと思うんです。
自分の考えが間違ってるとまでは思いません。でも正しいとも言いかねます。
「ここまでやらなきゃダメなんだ」「ここまでやるのが当然だろ!?」
その価値観を押し付けてるだけで、逆に苦しめてしまってるんじゃないだろうか。
店のキャパがいっぱいいっぱいで、拡張もできないし、どうしようもない。
なら支店を出して、お客さんを分散させて、一店舗の負担を軽減してあげるのが、
経営者として、人を預かる者として、先にすべきことなんでしょうか。
「支店を出すのは嫌」「でも拡張もできない現状」さらに「移転もする気もない」・・・・。
その間も問題点はスタッフを蝕んでいくわけです。
実際、毎日遅くまで働いてくれてる子たちが疲労困憊で帰って行く。
それを見過ごしてるわけではありません。打開策のビジョンも見えてます。
でもそれは今じゃない。じゃあ、今犠牲になってる子たちは救われないのでしょうか。
もちろん僕がオーナーであるから僕に決定権はあるわけですが、
人を預かってる以上、人の命を預かってる以上、
「うちの仕事はこうだから」 「僕はこういう職人だから」では、
成り立たないんじゃないんでしょうか。
成り立ててしまってはいけないんじゃないでしょうか。
どこまでが「僕らしさ」で、どこまでが「エゴ」なんでしょうか・・・・。

今朝、長い時間働いてくれてたスタッフが事故を起こしました。
単独事故ですが、居眠りです。
奥さんに子供も3人います。
気丈に振る舞う奥さんは、目を赤く腫らしながら、淡々と現状を話してくれ、
「こんな時期に、ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません」
おそらく「お前のせいで!!」くらい言いたかったんじゃないでしょうか。
言われても仕方がないことをさせてしまってたんでしょうね。
もし命を落としてたら、僕は何をもって償えば良いのでしょうか。
もちろん僕の命を差し出したとしても、償えるわけではありません。
「やりたい」と言ってくれる子らとの縁があり、
いつの間にかそこそこのスタッフを抱えるようになってます。
賛同し、憧れ、従ってくれる子らをいいことに、
自分のエゴばかり押し付けてないのでしょうか。
彼らの成長を促すためと言う名目は、
彼らにとって、果たして望んでることなんでしょうか。
うちのスタッフは幸せなのかな・・・。
スタッフの、家族や恋人や大切な人まで幸せに出来てるのかな・・・・。

悲劇のヒロインぶるつもりはありません。
それでも曲げれない部分はあります。だからこそ今ここに立ててる部分もあります。
でも命を脅かしてまで突き詰めることなんでしょうか。
自分の命を削って、多くの犠牲を払って、
僕は今、正しい道を歩いてると言えるのでしょうか。
それでもこれが正しい道だと見据えて歩き続けていっても良いのでしょうか。

作り手と食べ手のバランスがあります。
作り手側の「人間らしい生活」を優先すると、犠牲になるのは仕事。
長く働くのが良い仕事ではないことは重々承知ですが、
僕らのような職種で、毎日8時には家に帰る仕事を繰り返してると、
必ずお客さんは離れていってしまうことでしょう。
仕事に没頭し、頑張りきらない姿に、物足りなさも覚えるのではないでしょうか。
そんな仕事に対する姿勢では「甘い」と批判もされるんじゃないでしょうか。
結局は「それなり」の仕事、「それなり」のお店になってしまいます。
でも家族は喜ぶことでしょう。恋人もホッと安心することでしょう。
身体も人並みに楽になり、いろんな時間も持てることでしょう。
「それなり」にもそうした良いところがあるもんです。
でも恐らく店は潰れます。そして職人として腑抜けます。
前にも書きましたが、職人になるということは、この仕事での成功を望むのではなく、
その職人として歩む生き方そのものを受け入れる覚悟なんやと思うんです。
この仕事には、この仕事でしか味わえない、ホントに素晴らしい瞬間があります。
他の業種にだって胸を晴れる遣り甲斐も誇りも喜びも備わっています。
でも哀しいかな、職人という「人種」なんです。
一般の方とは、区別された呼び名なんです。
一般の方と同じことをしていては「職人」とは呼ばれないんです。
そして、その仕事に就いてるだけで「職人」と呼ばれるわけじゃありません。
パン屋で働いてたらパン職人かというと、それは違います。
職そのものを体現してる人こそが、その道の「職人」と呼ばれるわけなんです。
そのためには、人生の一部くらい捧げる覚悟がないと、
その職業に振り向いてもらうことはできないんじゃないでしょうか・・・・。

食べ手は満足して幸せになって、
作り手はバタバタと倒れていく・・・こんなことはあってはいけないバランスです。
作り手も食べ手も、どっちも幸せになれる形って、
一体どこにいけば辿り着けるのでしょうか・・・・。
それを望むこと自体「甘い」んでしょうか。
スタッフにそれをしてあげたいと思うのは、甘やかすことに繋がるんでしょうか。
でも品数を減らし、クオリティも落とし、お客さんの高揚感までも奪い、
そうして作る時間のゆとりが果たしてこの先何に繋がるんでしょうか。
それなら今を突き抜けて作った余白を使って未来を作りたい。
まだ見ぬ未来を、「今があったから」と言う実感と共に形にしてあげたい。
人として当たり前の権利や当たり前の生活なんて望みません。
せめて大切な人が不安なく帰りを待てるような、
そんな極々小さな幸せくらいは、僕らだって望んだっていいと思うんですよね。

答えなどどこにもあるわけでもなく、
そして答えは、必ずしも一つではないはずです。
とにかく今は、残ってるスタッフに極力負担をかけないよう、
僕がどこまで動けるかしかない状況です。
想うことは多々ありますが、
いろんな疑問や不安を、ここで自分に問いかけたまま、
しばらくここからお別れしなくちゃいけません。
さすがに更新は無理やと思います。
それでも遊びに来てくださる方がおられるので、
ちゃんと一言ご挨拶をしたかっただけやのにこんなに長くなってしまいました(笑)
ご心配なく。またフラッと更新しますから。便乗して止めたりしませんから。
ただ頻繁に更新することは間違いなく出来なくなります。

しばし、お別れです。
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by monsieur-enfant | 2009-12-17 05:17 | シュクレクール