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なないろめがね

壊れかけの・・・。

はぁ~・・・・

はらわた煮えくりかえり過ぎて、
煮詰まって若干焦げ付きだしてきましたわ。

「やる」と「やらない」って、「両極」のはずですよね。
うん、両極やと思ってやってきましたし、今でもそう思ってます。
「やる」ってのは、やるんです。
「やらない」ってのは、やらないんです。
「やる」って決めたらやり切るんです。
じゃなきゃ、やらなきゃいいわけです。
誰にも強制されたわけじゃなく自分で選んだ道ですから、
相対する場面場面で、全知全能を傾けて挑むのが普通じゃないんですかね・・・。
挑めるだけの経験や知識、言葉の数々を、どれだけ預けたところで、
残念ながら使わなければ経験なんて、これっぽっちも生きる機会はありません。
得たものは使ってこそ生きるんです。得ただけじゃダメなんです。

毎日毎日、同じことの繰り返し。
ホントに「いやがらせか?」と思うくらい。
多分、意地もなければ悔しさもないんでしょうね。
「あります!」「悔しいです!」・・・言うには言うんですけど、
意地ってなんですか?覆すのが意地なんじゃないですか?
甘んじてるくせに意地だのへったくれだのありますかいな。
そんなペラペラのアルミ箔みたいな意地やから何も覆らないんですよ。
みんなね、才能に恵まれたりセンスに長けてたりする子らばかりじゃないんです。
出来なかったことに対してちゃんと「悔しい」と思う気持ちがあるのなら、
それだけで強い跳ね返りを生む力にだってなるんです。
ちゃんと悔しいと思うことだって、前に進む力になるんです。
・・・如何せん、それも中途半端。
なんなら毎日繰り返し指摘してる僕の方が悔しいし歯痒いくらい。
「悔しいです」、って、どれだけ悔しいのかな?
今持てる全知全能を傾けて真剣に挑んだものが及ばなければ、
心の底から「悔しい!」と思えるはず。
まず、そこまで挑んでないんでしょうね。
ですから「悔しい」の度合いも、そこまで思うことも出来ないんでしょう。

僕もね、今の子らくらいの時はヘボヘボもいいところでした。
でもね、唯一の才能は、人の何倍も「悔しい」と思えたことやったと思います。
出来ない、だから悔しい、なのに出来ない、だからめちゃくちゃ悔しい。
当たり前の流れのようで、なんだかそうではないみたいですね。
本気で悔しがれば、いずれその悔しさのバネは、
悔しさを感じた分だけ跳ね返る力になってくれるはずですのに・・・。
挑めない、悔しがれない、で、どうやって成長しようと思ってるんですかね。
あはははは、それで成長したいだなんて、虫が良すぎるでしょ、お前ら。

何かと言えば「すいません」
あれ?「すいません」って、そんなに便利な言葉でしたっけ?
すいませんを言わない仕事をするのがプロなんじゃないんでしたっけ?
今、シュクレは祭りで大賑わい。 はい、「後の祭り」連日開催です(笑)
過程にベストを尽くした結果なら、なんぼでも手を差し伸べてあげますけど、
おもむろにやられた仕事に何の同情が出来ますでしょうか。
意思がなければ仕事じゃないんですよ。意図がなければ仕事じゃないんですよ。
それはね、単なる「作業」って言うんです。
「これ、難しい?」「難しくないです」
「これ、わからへん?」「わかります」
だったら、やれや。しばきまわすぞ、ほんまに・・・な~~んてね。


心がショートしそうです。
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by monsieur-enfant | 2010-06-12 09:54 | とりとめなく・・