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なないろめがね

名刺文化。

唐突ですが、基本、日本の名刺文化が大嫌いです。
特に「とりあえず」的な交換は「は?」ってなもんです。
営業に来られた方が、行った証を持ち帰りたいのはわかりますが、
成果を持ち帰れない営業に、「来た」という痕跡すら渡したくないので渡しません。
それからちょくちょく営業が代わる会社の上司が、
「今度新しくお世話になります、~です」と連れてきても、
「前の営業の人もその前の営業の人も、一度も顔出さずに代わってますから」
と言って渡しません。
だって、渡す必要性がないんですもん。
渡したいか渡したくないか、渡す必要があるか渡す必要が無いか、
ただそれだけでしょ?
「とりあえず」的なやり取りは、どこのどんな場面でも頑なに拒否します。
僕、別にたいした価値がある人間とは思いませんが、
そんな中途半端な奴らに名前配るほど安くはありませんからね。

「前、名刺交換させていただいたものですけど。覚えてらっしゃいませんか!?」
って、さも覚えてない僕が悪いような言い方をしてくる人もいますが、
覚えられてないアンタらのほうが悪いでしょ。
僕、基本的に覚えようとしません。顔も名前も。
だって、覚えようとしなくたって、後に記憶に残る人は何らかの絡みが生まれたり、
覚えなきゃ・・・って思わせる人材だったりするわけです。
その何のインパクトも残せない人間に、何で記憶力を割かなきゃいけないんですか?
もちろんそれは自分にも当てはまります。
相手に覚えてもらってなきゃそれまでの自分です。
覚えてもらいたければ名乗ったり名刺渡すよりする以上に、
やらなきゃいけないことが他にあるはずです。

僕はね、人と付き合いたいし、人と繋がりたいんです。
人が好きではないので、その中のさらに好きではない人種と過ごす時間なんて、
一秒たりとも割きたくないんです。
名刺を配り、貰い、それを「人脈」だと勘違いしてる人もいますがとんでもないです。
そんなの肩書きや業種と繋がってるだけで、
本当に自分を必要としてくれる人と何人繋がってられてるのでしょうか。
取引先と関係の無い職種に転職してもなお人として付き合ってもらえる繋がりが、
果たして日々儀式のように繰り返される名刺交換において何人生まれてるのでしょうか?
会社や肩書きに守られてることに依存してるだけなんじゃないでしょうか?

己に価値が生まれるよう、
己を看板にして生きれるよう、
日々自分を磨き、
日々心を高め、
役職や会社名は、
単なる自分の付属品であるというくらいの心意気が、
組織を自分が支えてるんだというくらいの心意気が、
唯一無二の「自分」という作品をつくりあげるんじゃないでしょうか。

そしてその作品を作り上げるのは誰でもなく、
自分自身なわけなんです。
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by monsieur-enfant | 2010-09-08 01:04 | とりとめなく・・