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なないろめがね

「色彩」

前回の滋賀の話。
色の無い世界ってのもたまには良いなぁ、と。
無いから想うことだったり、無い物から描くものだったり。
色、音、匂い、風、温度、
感じないのは求めないからであって、
覗きこめばいくらでも「情報」は秘められてるわけです。
逆に、情報過多な社会の中で、どれだけ本質を見極めることが出来てるのか、
いやその前に、既にある程度、望まなくても与えられてしまってる中で、
更にその奥底まで踏み込もうとしてるのかどうかということに、疑問符がついてしまう。

それともう一つ、普通に社会に属してる限り、
ある程度の情報は拒むことができないくらい目や耳に飛び込んできます。
そんな中想うのは、それらの溢れる情報に対して、
自分自身の脳や心は平静を保ち判断し振り分け整理することが出来てるのか。
情報は、ある意味平等ですが、
その反応は、受け取り側の環境や感情に大きく左右されることが多々あります。
尊敬の念を抱く者もいれば偽善だと唾を吐く者もいる。
ただし、活字にすれば後者が悪く思われがちですが、
思いこみから生まれた偽りの尊敬もあれば、
本質をえぐって正義の為に吐かれた唾もあるわけです。
ベタな例ですが、鮮やかが故に見落としてしまうことや、
漆黒の中だからこそ見えなかった光を見出せたりすることもあるわけで。

僕は学があるわけでも人格者でもないわけですから、
せめて、ものごとを正確に判断できる環境や感情でいたいなと思うわけです。
一番醜いと思うのは、正しい情報ですら屈折して受けとることしかできなくなった心。
嫉み、妬み、羨み、などの卑しく歪んだ感情が、
目や耳に飛び込んでくる情報を、より屈折した解釈へと導いていくわけです。
そういう人を見るたびに、つくづく心も健やかにいなきゃいけないなぁ・・・と思うわけです。
曇ったメガネじゃ、クリアな視界は望めないように、
心も努めてキレイにしておきたいなぁ・・・って思うわけです。




色の無い画像から、皆さんは何を受け取ったのでしょうか?




さてさて、
その後向かった「琵琶湖を眺めながら食事のできるレストラン」ですが・・・
c0116714_2461778.jpg

これがまたイマイチと言いますかイマイチどころじゃないと言いますか・・・。
みなさん!目に飛び込んだ「情報」に騙されてはいないですよね!?(笑)
むむむ・・・情報とはやはり恐ろしいものです・・・。
実際、やる気というか意気込みというか、全く感じられません。
「こんなとこまで足を運んでくれたお客さんを、
スタッフ全員で満足させて帰っていただくぞ!!」
的な情熱は一切感じられない、久々に見た「やらされてる感」。
ここは交通の便に恵まれてるわけじゃないんですが、
琵琶湖を眺めれる高台にあり、ロケーションには恵まれてるほうやと思います。
地方では、やはり何か集客できる強みを持ったところが、
意地とプライドを持って牽引していかなければレベルの向上はあり得ません。
今や場所は、売り上げの言い訳にはなってもクオリティの言い訳にはなり得ません。
「どこで」ではなく「誰が」やってるかに全てが懸かってるんやと思います。

最初のアミューズで、「これは久々にやってしまったかな・・・・」と思ったら、
横の母も苦笑いしてました。
母的には、
「琵琶湖に陽が落ちて行く様を見れただけでも良かったよ」と言ってくれましたが、
料理人的に、
自分の料理がその空間において全く持って何の付加価値にもなり得てないことに対して、
同様に自分自身の存在価値もその時間全く持って生まれていなかったということをですね、
・・・・ん~~、まぁ、自覚したり猛省できる人なら、
既にあんな料理やサービスにはなってないですよね。

あ、でもここは、「情報」を鵜呑みにしていったわけではないですよ。
情報の段階から若干怪しい感じは漂ってましたから、ある程度、覚悟の上でした。
心のセキュリティーは、正常に稼働していたようです(笑)
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by monsieur-enfant | 2011-01-19 18:37 | とりとめなく・・