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なないろめがね

かぞえうた

東京編の合間にちょっと一記事。

11日で震災から2ヶ月が経ち、

少しは落ち着きを取り戻しつつあると同時に、

日常に戻りつつあるからこそ見えはじめた現実と未来の実状に愕然としたりもしています。


前を向いて行かなきゃいけないのはわかってます。

被災してない僕らがより一層頑張って、

日本を盛り上げていかなきゃいけないのもわかってます。

だから、自分たちに向けて「頑張らなきゃ!」とは思うのですが、

復興復興、頑張れ頑張れ、

そんな「ムード先行」の風潮には、ちょっと待ってと思わざるを得ません。


多くの人が「頑張れニッポン」と言えば、

言わなきゃいけないんじゃないかと思うのが心優しい日本人。

多くの人の自粛ムードに、ちゃんと右へならえの従順な日本人。

良くも悪くも、足並みを揃えるのが得意な国民の足並みは、

決して良い方向ばかりに揃うとは限らないのは当然のこと。

つまり、団結することも、心離れることも、両方同じ「足並み」だということです。

「そろそろええかな」と周りを見ながら自粛を解く人が増え始めれば、

「じゃ自分たちもそろそろええかな」と周りを見ながら自粛を解き始める。

これじゃ「自粛」じゃなく「他粛」だと皮肉った投書を目にし、

上手いこと言うなぁ・・・と笑ってみたり。

そして自粛ムードの薄れと共に、

テレビには報道番組と入れ替えにバラエティ番組が定着し、

被災地以外の人たちは以前の生活に不自由を感じない程度には戻り始め、

スーパーの電池や水がないことや、ふと目に入る「義捐金」の文字を見て、

「あぁ、そんなこともあったなぁ」と、

たまに思いだす程度になる前兆は出てきてるんじゃないでしょうか。

もちろん、悲しみや苦しみは背負い続けれるものではなく、

忘れていくことで救われているのが人間の上手くできてるところでもあって、

目を覆う惨状ばかり目にしていた時から比べれば、

穏やかな心境で過ごせる今はそれだけで幸せなのかもしれません。

でもね、

いろんな理由でまだ歩き始めることもできない方々がたくさんいるわけです。

だから暗い顔して下向いてようって言うんじゃないんですよ。

そんな人らが疎外感や孤独感を感じることのないよう、

歩き出せずにいる自分たちを責めることのないよう、

僕らはちゃんと待っててあげなきゃいけないんじゃないかなぁ、って思ったりもするんです。

元気な人らが先先進むための復興ではなく、

今まだ立ちあがれない人たちが少しずつでも歩けるようになった時に、

その人たちが戻って来れる社会にしておくことが元気な人の役目だと思うんです。

前ばかり見るんじゃなくてね、

ちゃんと目を離しちゃいけないところは心に留めとかなきゃなって思うんです。

そして、たぶん本当の復興って、みんな揃ってから始まると思うんですよね。

蹲り下を向いてる時には、周りで「頑張れ!頑張れ!」って言うだけ言っておきながら、

「よし、じゃあ頑張ろうか」とやっと前を向き始めた時にはもう周りに誰もいなかったなんて、

そんな自分勝手な支援ごっこなら、初めからやらないであげたほうが親切ってもんです。

日々の生活に追われ自分たちの生活でいっぱいいっぱいの僕らが、

一部の人たちに継続した活動を託さなきゃいけないのは仕方のないこと。

でもそれを「まだやってるわ」とか思わないでいただきたいし、思わないでいたい。

まだ2カ月程度でこんなこと書いても、

さすがに忘れてる人はいないでしょうからピンと来ないかも知れませんけどね。

なんだか一抹の不安と言うか何と言うか、

既に前兆は世間にはあると思うんですよ、僕はね。


この日迎えた37回目の誕生日に思うことは、

37回目の節目に何か記しておこうと思うことは、

やっぱり、「忘れないでいなくちゃ」ということだけでした。

そんな時、素晴らしい編集の動画に出会ったので、

僕が言うことでもないんでしょうが、

改めてこういう内容の記事を書き留めておきたいと思ったわけです。



自分たちも若干のパニック状態だった時と違い、

平穏の中で改めて見る惨状に目を背けてしまいそうになりますが、

被災された方々が目を背けていられるよう、

僕らがもっと直視していかなきゃいけないんじゃないかと思います。

忘れないでいたい。

いっぱい感じたことや、いっぱい学んだことがあったことを。

忘れたら活かせない。

忘れないから活かせるんだ。

忘れちゃうから繰り返すんだ。

被災者の方々以外は、

今回ばかりは人間の「忘れる機能」に甘えないように生きていかなきゃなって、

そう思うんですよね。
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by monsieur-enfant | 2011-05-13 00:45 | とりとめなく・・