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なないろめがね

たまには石でも投げてみたり。

別に良いっちゃ良いんやけどね・・・。

年間購読してる雑誌が今日届いた。
ホント、つまらん。年一回、お情けというか、
やらなしゃあない的に特集組んでもらってるパン業界が惨めでならない。
他の11ヶ月、そりゃ「?」って企画も多々ありますが、
菓子屋の話、イタリアン、フレンチなどの料理人の話、生産者の話、
異業種の僕が読んでも楽しいし勉強になる。刺激になり心躍る時もある。
今号、これ誰が喜ぶんでしょうね。
喜ぶのは狭い業界の内輪だけで、異業種が読んで心躍るんでしょうか?
学びや気づき、刺激になるんでしょうか?

日本のパン屋にとって食パンは大事なアイテムで、
それを真剣に作ってる職人を否定する気などさらさらありません。
うちだって一種類しかありませんが、
初めて働いたお店へのオマージュを込めて日々作っています。
ただ、「同じ飲食業」と自らの業種を括るなら、
己の仕事を語る時くらいスペシャリストとしての輝きを放てなければ、
「飲食業」の括りの中に存在する価値はないと思います。
自らの職業は自らが背負い押し上げていくものです。
「パン業界」という内側に向けた視線を外側に向け、
狭い括りの中の戯れは戯れとして置いておき、
他の飲食業の方々と「同業者」として同じ立ち位置に立てるよう、
意識の標準を変えていかなければ、
いつまで経ってもゴマメ扱いから抜け出せないと思います。

もちろん、編集や構成は出版社の責任範囲なので、
専門誌とはとても思えない、情報誌まがいの内容であっても、
掲載されてる職人には何の非もありません。
でも、12分の1の割当しかないにも関わらず、
これだけ薄い内容しか提供出来ない業種であることに、
「悔しいな・・・」って思うパン職人がどれだけいるんだろうな、
・・・って思うと、憂いを感じずにはいられないのです。

そういえば以前、
「年1のパン特集がつまんない」って某編集長に詰め寄った際、
「じゃ、何ページ割けると思いますか?」そう一蹴されました。
一冊パンで特集組まなきゃいけないのに、
深く掘り下げた取材をしようと思ったら、
数ページしか誌面が作れないんですよってことです。
わかりますか?パン業界のレベルに合わせてもらって、
広く平たく作られた構成であり誌面なんです。
それを聞いて「なるほど。よく分かってんじゃん。」って、
逆に納得してしまいました。残念なことなんですけどね。

尊敬するパン職人さん、数人ですがおられます。
良いなってお店、めちゃくちゃ頑張ってはるな・・ってお店、
敵わないなって思わされるお店、
そんなに全国知ってるわけじゃないですが、数店あります。
ですが、それらのお店は以前から既にその意識レベルで闘っています。
そこに追随し追い越す店があっちこっちで出て来ない限り、
この恥ずかしめは続きます。憂いは消えないでしょう。
ま、パン業界のこと、そんなに考えてるわけでもない人間が、
こんなこと書いてるのも変な話なんですけどね。

以前、ブログでも書いたことあると思いますし、
スタッフにもよく言うのですが、
僕は職業を、紙ヤスリとかカンナのようなものだと思っています。
それはどういう意味かと言いますと、
学校というものから社会に出た時に、
自分自身を研磨していく唯一の手段が「職業」であると思ってるんです。
今、僕は「ブーランジェ」というヤスリを手にしています。
そこで磨いてるのはスキルだけじゃなくて、
ブーランジェという仕事を通じて、自らを磨いているんです。
仮に60歳になって、
職業というヤスリやカンナを皆が地面にそっと置いたとして、
そのヤスリで磨いた自分が、磨き続けて来たと思ってた自分が、
他の職業によって磨かれた人たちに全然敵わなかったり、
見えなかったものや知らなかったものが沢山あったり、
経験すら出来てないことがあったとしたら、
自分の職業に失望しませんか?
自分の捧げた時間や労力を恨めしく思ってしまいませんか?
でも、違います。何を思い、どう生きたか、ただそれだけしかないんです。
職業に優劣はありませんし、職業に罪はありません。
僕は自分で選択したこの仕事、磨けない部分はないと思っています。
あとは自分が磨ける部分に気がつけるのか、
難しい部分やキツい部分でも磨こうと思えるのか、そこだけの話。
ザッラザラの表面を痛がって拒み続けていては、
ほぼツルツルの仕上げ用のヤスリには、いつまで経っても到達出来ません。

なんだか話が逸れましたが、
ここまで散々ヤスリやカンナで例えて来てなんですが(笑)、
〆に、もう少し分かり易く言うなら、
「職業」というのは、
自分が「社会」に存在してる時に着てる衣類、
もしくは分別されるための制服のようなものだとも言えます。
結局、衣類だけゴージャスになったって、
脱いだ生身を鍛えることを怠ってては意味ないんですよ。
肩書きが無いと、ろくに対峙できない輩がこの部類です。
先に書いたのと同じように、職業という衣類を脱いだ時に、
初めてその職業によって何を得たのかが分かると思うんです。
若輩者でまだまだ何も見えませんが、
人としての真価は、そこにある気がするんです。

だから、ブーランジェであることに固執します。
この職業、選んだの自分ですから。負けてたまるか、です。
勝ち負け・・・よう分からんすけどね(笑)
ちゃんと、どんな仕事されてる方とも対峙できる、
素敵な仕事やと、僕は信じていますから・・・。
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by monsieur-enfant | 2013-05-06 00:34 | とりとめなく・・