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なないろめがね

羨望。

自分のターニングポイントに、
共に闘ってくれた本が何冊かあります。

その中でも、個人的に思い入れが深いのが、この一冊。
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2002年12月号ということは、11月に発売されてたこの号。
海外旅行も行ったことのない僕が、関空をフランスへと飛び立つ前に、
何気にふと空港で手にした一冊でした。

この中には、僕には眩し過ぎるシェフたちの、闘いの軌跡が記されていました。
まだラ・ナプールの頃の成澤シェフ、ローブリューの櫻井シェフ、
ル・ブルギニオンの菊池シェフや、Feu時代の下村シェフも。
大阪からは、大西亭の大西シェフや、ラ・ベカスの渋谷シェフが。
中でも、シェフたちがフランスで闘っていた時間を、
座談会方式でリアルな言葉で伝えていた「私のフランス修業時代」という特集は、
右も左も言葉もわからないパリでの修業時代に、
「苦しいのは自分だけじゃない。みんな経てきた道なんだ」と、
随分励ましてもらったものです。
その中で、忘れられない言葉がありました。
「倍働いてやっと同等、3倍働いて初めてフランス人を使えるようになる」
この言葉の意味は、働いてみて初めてわかった気がします。
同じ時間の中で3倍働くなんて物理的に不可能だとも言えます。
でも、滞在期間の少ない僕は、本気で3倍働く気で過ごしました。
毎日毎日、「まだまだ、まだまだ!こんなもんじゃダメだ!」と、
自分を奮い立たせ奮い立たせ闘ってきたのを思い出します・・・。

そんな、屋根裏部屋で貪るように読んでた「料理王国」に、
大阪からもう一人シェフが載っていました。
「キュイエール 新屋信幸」シェフです。
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お金を使いはたした帰国後、成り行きで独立する流れになり、
気が狂うような日々を過ごしていた時に抱えてた一つの小さな夢。
「あの本に載ってたシェフのお店にいつか行こう」
少し自分にも余裕が生まれた時、真っ先に思ったのが「やっとお店に伺える」でした。
そう思って電話したのが、新屋シェフのキュイエールでした。
ですが、「すいません、明日閉店なんです」の一言で、
僕は憧れのお店には一生行くことができなくなってしまったんです。

その後、他の何店かは伺うことが出来ました。
それでもどこかのタイミングで新屋シェフの働くお店に行こう行こうと、
そう思いながら月日だけが流れていた先日、
遂に、念願の新屋シェフのお料理をいただく機会に恵まれました。
その時間は僕にとっては「感無量」、ただその言葉だけの時間でした。
ご迷惑だと思いますが、この号に載ってるシェフたちは、
僕の中では若干神格化されてます。
普段絶対しませんが、通常の精神状態じゃなかった僕は、
溜まりに溜まった想いを告白しました。熱烈に。
シュクレクールを知っててくださったことにも失神しかけましたが、
料理王国の件を「あの!手とか写ってるやつです!」と伝えた時の、
「そっかぁ。じゃあ、闘って来て良かったよ。」の一言は、
僕のような小僧には、あまりに、あまりに勿体ない一言でした・・・。
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by monsieur-enfant | 2013-05-29 21:31 | とりとめなく・・