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なないろめがね

無題

宣告とは・・いつも突然で。
そんな唐突なものを「宣告」と呼ぶのでしょうか。
多くは突きつける側より、受ける側を、
混迷の底へと突き落とす。
都合や状況などは、得てして関係ない。
社会や人間関係の嘘や真、不条理に振り回されながら
僅かながらの真実にしがみつき、必死に人は生きている。
派手な生活は出来ないまでも、
等身大の幸せの中、一生懸命人は生きてる。
誰にも知られてないところで、
毎日ドラマは繰り返されている。
その人にしか作れない、人生という名のドラマが今日も繰り広げられている。
その何がご不満ですか?
なぜ筋書きを変えるのですか?
それもドラマだというのですか?
普通に生まれ、普通に生き、普通に老い、普通に死んでいくことが、
どれだけ大変な世の中なのか知ってますか?
それを必死で生きてるんじゃないですか。
「生きること」を見つめなおすのに、命を奪う必用がありますか?
「命の尊さ」は、死を持って学ばなければいけませんか?
かけがえの無いものに気づくのに、絶望を伴わなきゃいけませんか?
別れる哀しみを、出逢えた喜びで拭わなきゃいけませんか?
人間・・・・そんなに都合の良い生き物じゃありませんよ。
そんなに便利な生き物じゃありませんよ。
それでもそこに何か意味を見出して、
受け入れなければ仕方ないじゃないですか。
前を向くしか仕方ないじゃないですか。
生きていくしか仕方ないじゃないですか。
その姿を「美しい」とお思いですか?
その姿を「けなげ」だとお思いですか?
無力な僕らは、さらに無力さを突きつけられ、
何も出来ない歯痒さに打ちひしがれ、
用意できるものと言えば、月並みな言葉くらい・・・。
神様・・・奇麗事は結構です。
命の重さは平等だと仰るのも良くわかります。
でもね、奪ってはいけない命もあるでしょう!
奪わなきゃいけない命だって、幾つもあるんでしょうに!
ひっそり暮らしてるだけじゃないですか・・・。
何が責められることがありましょうか・・・。

あなたの優しさは、人間の脳に「忘れてゆく」機能をインプットしてくれたこと。
いつしか現実は想い出に変わり、嫌な記憶は薄れていくのでしょう。
思い出す度に溢れた涙は、いずれやわらかな微笑みに変わるのでしょう。
幾つもの時間を重ね、幾つもの季節を数え、
過ぎ去りし記憶の中から、哀しみは慈しみに変わるのでしょう・・・。

最後に、神様。お願いがあります。
「今」に潰されそうになってる人を支える言葉を一つ教えてくれませんか?
その言葉に、小さな添え木ほどの力を授けてください。
その言葉に、暗闇に射す木漏れ日ほどの温かさを授けてください。
僕には見つけられません。想うことしかしてあげられません。
凍えてる心にかける、暖かな毛布はありますか?
乗り越えなきゃいけない現実の、助けとなる踏み台はありますか?

・・・やり場のない感情の、「やり場」になってくれてありがとうございます、「神様」・・・。
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by monsieur-enfant | 2008-02-14 10:41 | とりとめなく・・