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なないろめがね

本殿炎上

眠りにつけず、「何か書かなきゃ・・・」と考えてた記事に手をつける・・・。
奇しくも明け方4時過ぎ。何の因果か、外からけたたましいサイレンの音・・。
怖いくらいの偶然の中、あの日を綴ろう・・・。

目が覚めたとき、確かにしていた。
かすかだが確かにしていた。
煤の匂いだ。
そう、それはシュクレの守り神の本殿が焼かれた煤の匂いだった。
ただ、もちろんこのときそれを知る由もなかった。

全国ニュースになってることも知らなかった。
神社の前を通ったときも
パトカーや消防車が停まっていたが、
野次馬さんたちが朝から溜まっていたが、
ただの小火だと思ってた。
「大袈裟やなぁ・・」くらいに横目で眺める程度だった。
昨日もそこに当たり前にあったから。
今日もそこに当たり前にあって、
明日ももちろん当たり前にそこにあるはずだった。

「吉志部神社」
うちの店から歩いて5分くらいかな・・。
道路からはわかりづらく、吹田市民でもあまり知らなかったんじゃなかろうか。
築400年を数える国の重要文化財だったなんて知らなかったんじゃなかろうか。
本殿の築400年を祝う式典が今年行われる予定だったらしい。
その日を待たずに、2008年5月23日午前4時15分、本殿は全焼した。

借りた物件から近いこともあり、
開業資金の借り入れの面談の日、普段は全く信仰のない僕ですが、
原付を停め、階段を駆け上がり、本殿にお願いしました。
「パン屋がしたいんです。チャンスを下さい!」
後に願いは聞き入れられ、ここ岸部に「ル シュクレクール」を開くことが出来ました。
初詣はここでしてました。
新しいスタッフが入ると紹介しに来てました。
いろんな想いや想い出を、
祈りや願いを、
僕が唯一捧げる場所でした。

いつもより人が多いだけでした。いつもの鳥居をくぐりました。
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いつもより人が多いだけでした。いつものように階段を駆け上がりました。
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・・・「いつも」は、そこにありませんでした・・
新聞もニュースも見てなかった僕には、あまりに衝撃的で、あまりに残酷な風景でした。
守れなかった狛犬が、ただ黙って泣いているようでした・・。
形あるものはいつか滅びます。
命だって、永遠ではないのですから。
嘆いてもしかたがない、振り返っても変わらない。
でもね、あまりに理不尽ですよね?
あまりに不条理ですよね?
終焉はいつも唐突で、
得てして突きつけられる側の準備を必要としない。
ま、準備をしたところで結果が変わらないのであれば、
準備なんてものは哀しみを増すためだけの
自己満足や舞台演出みたいなものなのかも知れませんが・・。

放火の疑いもあるこの火事に関して、
歴史ある建造物を損失した旨だけを綴った記事が踊った。
存在を失う哀しみ、怒り、憤り・・。
でもそれ自体にはいづれ慣れるのでしょう。
一番辛いのは、存在は失ってもいまだ残る「記憶」という事実。
いっそ存在と共に消し去ってくれたほうが楽なんじゃ・・というときもあります。
「世の中に意味を成さない事などない」とは思うようにはしてますが、
無くして初めて知る存在の大きさ、重さに、
立ちすくみ、うずくまり、歩けなくなる人だっているんです・・。

この件などすぐに新しいニュースに掻き消されてしまうことでしょう。
出火原因や、放火であるなら犯人をつきとめること、
もちろん最優先やと思います。
ただ、造ること壊すことに慣れてしまってる世の中で
形だけでは復元できないものがあるんです。
技術だけでは再現できないものがあるんです。
確かに造るのも大変ですよ。
破壊なくして創造も生まれないかも知れません。
でもね、「守る」ことの大切さ、考えなあかんのちゃうかなぁ。
「伝える」ことの重さや責任、考えなあかんのちゃうかなぁ。

焼けた本殿には物質的なもののみならず、
文化や歴史、参拝者たち一人一人の想いが、
400年という歳月の中、刻み込まれていたのですから・・・。
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by monsieur-enfant | 2008-05-26 04:27 | とりとめなく・・