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なないろめがね

潔さ

こないだ、夜中ボーっとテレビを観てたら
ある3ピースバンドが出てまして。
名前は知ってましたが、聴いたこともなく
ほんとにただボーっと観てました。

そこでのやりとりに
「音楽で世界は変えれるか」って質問があったんですね。
ま、ありきたりといえばありきたりですが。
彼らは「変えれます」と断言したうえで
「そう信じないといけないんじゃないですか?」と。
自分達のことを「アーティスト」と呼ぶことについても、
「昔はミュージシャンって言ってました。多分アーティストとは言えなかったんだと思う。
でも今は、音を重ねて作品にしてる以上アーティストだと思います。
そして、アーティストだと言わなきゃいけないと思います。」
・・・潔い。実に潔い。
ミュージシャンって言ってたほうが楽ですよ。
アーティストと口にするほうがめんどくさい。
でもそれを「言わなきゃいけないんだ」と認める潔さ。
曖昧さの欠片も無く「世界は変えれる」と発言する潔さ。
彼らには、全ての責任を担う「覚悟」がありました。
・・・かっちょいい(笑)

人間、言葉に対してあまりに無責任で。
何度も書きますが
ブーランジュリと掲げてブーランジュリじゃない。
パティスリーと掲げておきながら洋菓子屋さん。
レストランとは掲げれないというだけでビストロ。
その言葉の責任すら担うつもりも無く、
その言葉の意味にも不誠実。
挙句の果てに言い訳だけは雄弁に用意している。
なら言わなきゃいいのに。なら掲げなきゃいいのに。
掲げなきゃいけない決まりも無いなかで、
「自分で選んだ」はずの言葉に対して、
あまりに無責任。あまりにカッコ悪い。
「先生」と名のつく人たちもそうですよね。
立場上そう呼ばれることに甘んじていて、
僕らはいったい何人の「先生」と出会ってきたでしょうか?
皆が呼ぶから「先生」?、頼んでもいないのに周りがそう呼ぶから「先生」?
そういう方、多すぎませんか?
呼ばれる立場に立ってる以上ぐだぐだ御託並べずに
「先生」と呼ばれるに値する人物になるよう精進するべきじゃないですか?
掲げるだけ掲げといて、名乗るだけ名乗っといて、
議論の場では「いや、自分なんてそんな・・・」
「謙遜」は時に卑怯でチープな自己防衛にしか聞こえないときがありますよね。

表現や発言は、賞賛だけでなく批判の波にさらされることもあります。
立ち上がれば吹き付ける風当たりが強くなることも当然です。
それらのこともふまえて「アーティスト」という言葉をあえて掲げ、
その言葉に恥じない楽曲、活動を提供していこうという彼らに
久しぶりに熱いものを感じました。

翌日、早速彼らの音楽を聴くためにCDを探しに行きました。
若い彼らを応援したいという親父心でしたが・・
若いと思ってた彼らが既に6枚のアルバムを出してることを知り(2枚くらいと思ってた・・)
時代の流れの早さに明らかに取り残されつつある自分が哀しくて惨めで可哀想で・・
僕もいい加減「おっさん」を自覚しないとね(笑)
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by monsieur-enfant | 2008-05-29 14:24 | とりとめなく・・