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なないろめがね

カテゴリ:コート ドール( 1 )

時と時を紡ぐもの。

さ、東京に戻って、この日は確か昼もフレンチ・・・。
胃を完全にやられた感のある最近では考えられない食いっぷり。
しかも食べ終わってから、たいして時間が経っていない。
ちょっと遠くの駅からゆっくり歩いてお腹を減らしながら時間も潰す。
明るい時間帯に当てもなくブラブラ歩くのは久しぶりだった気が・・・。
木々がそよぎ、陽の傾きと一緒に伸びていく影を眺めながら、
あくせく過ぎていく日常の日々を憂う・・・。

途中、コンビニのトイレでジーンズからチノに履き替える。
靴も履きなれた靴からちょっと小ましな靴へと履き替える。
まだ「今年は冷夏」と今となっては幻覚のような情報が流れてた初夏ですが、
5月といえど既に十二分な暑さの中、ジャケットを羽織り、「ふーーっ」と深い息を一つ。
そう、僕らのような小僧には、流れる汗も引いていくようなお店。
僕が普段行かないジャンルのお店に、この日はあえて足を運びました。

港区 「コート・ドール」
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この扉の前だけ空気が止まってるかのような静寂が。
重厚な扉や掲げられた店名だけで圧迫されてしまいそうな情けない僕・・・。
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やっと来れたというか、来てしまったというか、
オーボンヴュータン河田シェフ同様、
店に行く前から雑誌や著書を読み漁り、
存在や生き方に憧れ、
勝手にリスペクトしまくってた斉須シェフ。
もはや料理などは若干どうでもいいんです(笑)
何を思わせてくれるのかなんて滅相もない。
今の僕が何を思い何を感じることが出来るのか。
キュイジニエでもない僕が、どこまで「フランス料理」というものの本質を理解し、
作り手や時流に流されることなく正確に把握することが出来るのか。
若くて勢いのあるキュイジニエの料理を、
とりあえず思いつきで食べまくった今だからこその原点回帰。
フランス料理の「軸」を感じに、ここに来ました。
扉の横には夜のアラカルトのメニューと値段が通行手形のように貼り出されてます。
・・・・噂には聞いてましたが、入る前に帰りたくなるような値段でした(笑)

もう20年くらいやってはるのかなぁ・・・。
この空間の中に滞りながら共に歳月を重ねてきた空気が、
いわばワインのように熟成されたかのような上質で濃密な空気。
こればっかりは同世代のシェフの店では逆立ちしたって醸し出せないものですよね。
周りには、今あまり目にすることのない「The金持ち」みたいな風貌の方々が、
ノスタルジックな空間の演出に一役も二役もかっています。
案外、空気を読むのは早い方だと思う僕はすぐ気が付きました。
「場違い」だと(笑)

それでも、いろんな意味で自分に対して「よく来たな」と。
後輩や部下にラーメンはおごれても餃子は付けてあげれなかった修業時代。
財布の中身は中学生の時のほうが潤ってたのを思い出します。
気付けばフランスに心酔し、異業種のシェフの渡仏話に憧れ心躍らせ、
劣等感やコンプレックスの塊だった自分がまさかの渡仏を果たし、
会った事もない異業種の諸先輩に
「失礼のないように」などと思いながら頑なにフランスを貫き、
良いキュイジニエや良いパティシエとの出会いや教えによっていつしか、
本業のパンよりお菓子や料理を食べ歩くようになり(笑)、
日本人であることを常に自覚しながら「フランスという味覚」を舌に擦りつけて過ごす日々。
そして今、正直いろいろギリギリですが(笑)、この店のテーブルに着いてます。
うんうん、ほんと「よく来た」よね・・・って、自分に思います。
たまには、そんな自分にささやかな祝杯を!
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リストの値段に目眩がし、祝杯はたったこれだけで終わるのでした(笑)

冷製季節の野菜煮 コリアンダーの香りをつけて
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いわゆる、「野菜のエチュべ」。
「一皿のボリュームが多いので、3皿食べるのはキツイかと・・・」
ということで、泣く泣く前菜二皿食べるのを断念(笑)
すると、迷ってた一皿を、
「少しだけ、味見程度ですが・・・」と持ってきてくれました!
思いもよらぬ一皿は、その繊細な気遣いのように繊細で、
一つ一つの野菜への向きあい方は、
「はい、お野菜」みたいな単純なビジュアルからは窺い知れないほど。
お皿からも、お気づかいからも、真摯な姿勢がビシビシ伝わってきました。

パン
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いいんです。
ここはこんなんで良いんです。
ここの空気に、うちみたいなバゲットは合いません。
ビジュアルも含めて、パンに限らず素材全般に言えることですが、
美味しいものや高いものが最良ではなく、合うものが最良ですから。

茹で上げホワイトアスパラガス ドレッシングソース
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まず無造作に、お皿にアスパラが。
「お・・・・これで4000円オーバー・・・」と、下世話な思いが駆け巡ります(笑)
でもほら、何かソースらしきものを持ってきてますよ。
パフォーマンスを兼ねて、ここからお皿が彩られるわけです。
うん、きっとそう!
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「・・・・・・・」

あの・・・終わりですか?(笑)
テロッとタラッと、マヨネーズ垂らしただけじゃないですか!?(失礼・・・・)
もちろんマヨネーズじゃなくてソースなんですけどね。
白いけどトマトのソース。酸味もしっかりしてます・・・・が、
そのソースなんていらないくらいロワール産のアスパラが素晴らしい!!
こんな瑞々しいアスパラは初めてです。
しっかり苦みもあって、大地の力強さを感じます。
でも・・・でもこの一皿で、そこそこのランチが食べれてしまう!!(泣)
ま、ここには値段見て注文する人は来たらいけないんでしょうね・・・。

鹿児島串木野産スズキ皮付きカリカリ焼き マスタードソース
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カリカリの鱗の上には、
スタッフさんのご実家から送られてきた「こしあぶら」という山菜が乗ってます。
ま、皿の上にはそれだけなんですけどね。
ここは総じてこんな感じ。料理名以外のガルニはほぼ皿には乗らない感じ。
でも逆に、乗せようにも乗らないくらいメイン食材のボリュームが半端ないです。

野菜にフォーカスが当たり初めてから特に感じますが、
「メイン食材がちょろっとでガルニが豊富」みたいな、
結局何を注文したのかわからなくなるような店も少なくない今日この頃。
メニュー上の食材を最高のものを仕入れ、最良のポーションで提供するって、
お皿は地味になるし、それ相応の値段もいただかなきゃいけないことですし、
今のフレンチの流れの中では、やりたくてもそう簡単に出来ないことなんでしょうね。

十勝直送 蝦夷豚のステーキ ペッパーソース
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これも極めてシンプル。
お皿が全部白く光ってて見にくいでしょうけど、
例にもれず、お皿の「料理を乗せるための部分」、いっぱいいっぱい蝦夷豚です(笑)
最初に「料理3皿は難しい」と言われてた意味をここで痛感。

ルバーブのスフレ
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半端なく甘い。
で、多い(笑)

この日は紅茶で〆。なぜなら何となくエレガントな気分だから(笑)
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総じてシンプル。
シンプルというと薄っぺらいし安っぽいですね。
総じて自然体。脱力した自然体じゃなく、行き着いた自然体。
サービスも料理も、いらないものは一切ない。
そのかわり、いるものに対しての妥協の無さも半端じゃない。
いらないものを削ぎ落とした結果残ったものではなく、
きわめて必要なものだけを構築していった結果、形となった印象。
ブレることなく一点を見つめ、長い歳月をかけ少しずつ昇華してきた姿には、
どこか水や風と歳月によって形作られた、
自然の造形美のような無理のない必然性すら感じます。

それからね、途中で「塩辛い」と感じたんです。
気付いたら、やたらと喉が渇く。
なんだかそれにニヤニヤしてきてしまいまして。
一般の方よりフレンチを食べる機会は圧倒的に多くなるので、
多分食べ慣れてない方が感じる「塩辛さ」は全く持って気にならないわけです。
むしろ、「日本人に合わせて」などとぬかしてるような、
塩や酸にビビってしまってる腰ぬけフレンチなんて食べたくないわけなんです。
ただ、それでもやっぱり多少優しくなってると思うんです。
それは「ソース主流」のフレンチから、食材へのアプローチが主になり、
火入れの技術の進歩もあって「素材」を全面に出せるようになった現在、
必然的に必要性も薄くなってると思うんです。
そんな「今」のフレンチに囲まれて忘れてた「しょっぱい」という感覚は、
幼少の頃、たまの外食で感じた「洋食のソースって、しょっぱい」っていう、
懐かしくも新鮮だった感覚を呼び覚ましてくれました。
「あぁ、フランス料理って、しょっぱいって思ってたなぁ・・・・」って、
ワインが生活やD.N.Aに擦り込まれてる国の料理だということを再確認するとともに、
なんか・・・、なんかね・・・、
不慣れな子供の頃の僕という「過去」と、大人になり経験も積んだ僕という「今」、
その二つの離れた時代と記憶が「しょっぱい」という味覚で時を越えてリンクして、
どちらの時代の自分を見ても感じる「照れ」や「恥ずかしさ」をいっぺんに感じ、
胸がキュンキュン締めつけられるような甘酸っぱい感覚に陥ってしまったわけです。
それでね、その時代と時代にあったいろんなことを思い浮かべてると、
なんだか意味もなくニヤニヤしてきてしまったわけなんです。
そりゃあ、いろいろありましたから(笑)

帰り際も、気持ちよく見送っていただきました。
ちゃんとこの店に時間を置いて帰れるような、終始丁寧で温かい接客でした。
またいつか来た時には、この日、置いて帰った時間にまた逢える気がします。
そしてその日まで僕ももっと頑張って、新たな自分として今日の自分と対面しよう。
変わっていくものでは紡げないものが、
変わらないものの中にはあることを知った今日という日を忘れないためにも・・・。
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by monsieur-enfant | 2010-09-30 01:06 | コート ドール