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なないろめがね

カテゴリ:サンク( 2 )

途中経過。

2年半も前に辞めて独立準備に入ったにも関わらず、よりによって、
関西ではここ10年最強のビッグネームのオープンと鉢合わせる強運の持ち主の店に、
初めて近況を覗きに行ってきました。

吹田から車でもかなり遠いですね。
電車なら、阪急だと駅から10分ちょっとみたいです。
JRは歩くのは諦めてバスかタクシーが良いですね。
バスだと「東浦」というバス停が目の前です。

前に停めれないので、離れたとこに停めて歩いて向かいます。
遠くに見えた建物が近くになるに連れて、いろんな感情が込み上げてきます。
長岡京  「サンク」
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厨房はほとんどできてるんですが、お店はまだまだ。
店名もまだ補強のテープが貼られたまま。でもなんだか初々しいですね。
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店はね、店舗付き住宅なんでかなり狭いです。
でも、狭い狭いと聞いてたんで、僕はそこまで気になりませんでしたけどね。

パンはシュクレと同じくショーケースに入れての対面販売。
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まだ見ぬ地元のお客さんと、
このショーケースを挟んでたくさんの会話が生まれると思うと、
なんだか自分の店のオープン前のような、期待と不安が交錯します。

厨房も立派なもんです。
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僕なんて、9割中古。しかもその8割はテンポスでも高くて手が出ずヤフオクで購入。
それを思えば、狭いながらも欲しいものをちゃんと揃えてるのは立派なもんです。

オーナーシェフである宮本君も、良い表情してました。
ここまで道程が長かっただけに、コックコートを着れること、パンを作れること、
それらに心の底から喜びを感じてるのが伝わってきました。
帰ろうとした時、「あ、岩永さん!」って、
ちょうど奥さんが保育園から、娘さんと一緒に自転車で帰ってきました。
僕が訪ねた2日前、やっと住居に認可が下りて住めるようになったとこだったんです。
住宅の認可も下り、保育園も決まり、晴れてこの地区の住人になっていく様を見てると、
「いよいよやなぁ・・・」と、しみじみ感じました。
そして何より奥さんの晴れやかな表情を見ると、
心から「良かったなぁ・・・」と思うわけです。

住宅の認可が下りたことで、急ピッチでオープンの準備が進み、
やっと・・・、ホントにやっと皆さんにオープンの日を告知する日を迎えることができました!

オープン日 10月1日(金)朝8時。

なお、金、土、日、の三日間は、
オープン記念でドゥミ・バゲットを先着50名様にプレゼントするみたいですよ。

シュクレ出身としては2店舗目。
でも、1店舗目のビエルの時もそうでしたが、
オープンの日に駆けつけてあげれそうにありません。
と言っても、僕の勝手な夢だったんですけどね。
一緒に頑張ってくれた子が独立するときは、オープンのお手伝いに行きたいってね。
初日の金曜が動けなさそうなので、
2日目の土曜か日曜にでも、少しお手伝いに行けたらいいなぁって思ってます。
ビエルの時はシュクレもグチャグチャで、手伝いどころじゃなかったですからね。

うちもそうですが、決して交通の便の良いところではありません。
でも、想いに溢れた作り手のお店です。
先に書いた神戸の西川シェフのような知名度もない職人ですが、
今の彼の全部と家族の協力あって作り上げた温かい想いに溢れた小さなお店です。
自分も店もパンも子供も家族も、
この土地でお客さんと共にゆっくり成長しようと願う心優しい男の焼くパンに、
近くにお住まいの方がおられましたら是非会いに行ってもらえたら嬉しいです。



・・・・そして、この日もう一店。
サンクと同じく手土産をぶら下げて近況を覗きに行ったお店がありました。
10月5日(火)オープン 
茨木 「イル ピスタッキオ」
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・・・・この日はもう居ませんでした(笑)
たまには「行くよ」って言ってから行かないとね・・・。
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by monsieur-enfant | 2010-09-27 02:14 | サンク

巡り巡って・・・。

取り急ぎ、お知らせです。

シュクレ出身のパン屋さん、2店舗目のオープン日が、
だいたいですが決まりましたのでお知らせします。
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「CINQ」(サンク)
京都府長岡京市友岡4-1-2
℡075-874-4159

オープン予定日は9月上旬となってますが、既に無理です(笑)
中旬から下旬になる予定です。

シェフである宮本君は、
オープン以来誰もまともに定着せずに、
入っては辞め入っては辞めの繰り返しだったシュクレクールの厨房にて、
初めてまともに働き続けてくれたスタッフだったんです。
当時、家庭持ちを支える自信が僕にはなく、求人は「独身限定」だったんですが、
結婚することを隠して入り、入ってから結婚を明かした強かな男です。
あ、本人は「絶対、事前に言ってましたよ!」と言い張ってますが(笑)。
そこは仮に百歩譲って言ってたとしましょうよ、
でもね、結婚式の日が周年の日と同じ4月17日ってどう思います!?
そんなの面接の時に聞いてたら、
「無理無理!!その日一人なんて死んじゃうよ!!」って、さすがに言ってましたよ。
その日から宮本君には「騙された・・・」と言い続けてますけど(笑)。
でも彼、基本一生一度の結婚式の日、
当日の朝も直前まで手伝ってくれてたんです。
「じゃ、スイマセン。今から結婚式行ってきます」
って新郎が帰って行く画ヅラって、あんまりないでしょ?
おかげで、まさかの「一人周年」みたいなことにはならずに済みましたが、
実はそのクソ忙しい周年の日に追い打ちをかけるように、
別注で披露宴用の料理に合わせたパンを注文してきてたのも、
紛れもなく彼なんですけどね(笑)

おそらく彼がシュクレ史上最も辛い時期にいたスタッフだと思います。
しかも僕とマンツーマンでしたからね、地獄でしょ。
テレビの情報番組でクロワッサンが取り上げられ、
2人で死ぬほど・・・いや死にながら働いてた時もありました。
放送後、何日も徹夜状態が続いた夜中3時過ぎに、
朦朧としながら働く彼に向かって、
「おい、こら!!忙しくなってクオリティが下がったとか、
並みの店みたいなしょうもない噂立てられるような仕事しか出来へんのかボケ!!」
と、延々30分(・・・じゃ利かなかったような)も、
弩号の飛び交う中働いてくれてた物好きなスタッフも彼です(笑)
いや、マジで感謝してますよ、ホント。
よく辞めなかったよなぁ・・・。どえらいこともしてたもんなぁ・・・・・反省。

実際、彼が軸になってくれてからですね、
彼以外の子が入っては辞めしても、軸がしっかりしてくれてたから安定してきましたし、
その後、現「ビエル」シェフ、伊藤さんが入ってきて宮本君と2本軸が出来た時は、
「動くなら今しかない!」と思って、モンテベロの立ち上げを決断出来ましたし。
ですから、シュクレ最初の独立組は、彼だとばっかり思ってたんですが、
まさか1年後に辞めた伊藤さんに追い抜かれることになるとは・・・っていうか、
結局2年も職を転々する羽目になろうとは・・・が正解ですね。
「こいつ、もう店せんつもりやな?」って思いましたもん(笑)

彼ね、すごく家族思いで。
なので理想が「店舗付き住宅」だったんですよね。
実家が京都なんで、京都でってのは言ってたんですが、なかなか物件がなくて、
半ば諦めて家と店舗は別で探し始めてた時もあったんですけど、
おそらく2年もプラプラしてる宮本君を神様が不憫に思ったんでしょう、
今回の物件と出会うことになったわけです。
いろいろありましたが、
結局のところ最初に描いてたところに着地したところに、
うちに結婚するの隠して潜り込んだ時のような強かさを感じざるを得ませんでした(笑)。

当初、彼には「完コピ」しか言ってなかった気がします。
「僕の仕事を、完全にコピーしろ」ってことですよね。
結局言いたいことは、完コピするためには何をどこまでやらなきゃいけないのか、
自分で考え、努力し、答えを導き出す力や姿勢を叩き込みたかったんです。
「物まね」じゃないですからね、「完コピ」です。
なので、「は!?これで完コピのつもりか!?おい!分度器持ってこい!!」とか言って、
角度を測ったり、長さを測ったり、そんな優しい愛のムチ的なこともね(笑)、
あったようななかったような・・・無かったかな?うん、無かった無かった(笑)

シュクレのまだまだ短い歴史を遡ってみても、思い入れのある職人の一人です。
その独立の告知をようやく出来ることになっただけでも嬉しいものです。
ま、未だに独立時期がアバウトなのも彼らしいなぁ・・・と。
一番苦しい時期であり、売り上げも伸びきれなかった時期、
僕がしてあげれたことって、彼が僕や店にしてくれたことに比べれば、
多分、微々たるもんなんですよね。
でもその微々たる部分が、
これから職人として生きていく基軸になる部分であるならば幸いです。

自分の出来る範囲で、自分のこなせる広さで、自分のやりたいスタイルで、
彼の表現する「今」と「これから」を、
ゆっくりあたたかく見守ってやっていただけたら幸いです。
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by monsieur-enfant | 2010-08-13 17:48 | サンク