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なないろめがね

カテゴリ:カランドリエ( 1 )

いつか見た景色

今日は何度もお誘いをいただいてた方とのお食事。
本町での早めのディナーということもあり、
昼過ぎから梅田のヨドバシをうろつき、ちょこっと百貨店を覗き、
難波まで移動して料理書を物色。
そこから本町までブラブラ商店街を歩いて移動。
寄り道とかしてたら1時間半くらいかかりましたけど、
ここんとこ町に出てきてなかったので新鮮でした。

なかなか顔を出せなかった恩師の店にご挨拶。
最近、スタッフに不条理な辞め方をされ、
こないだまで3人でやってたことを1人でやってる状態。
接客中心のマダムが厨房の手伝いをせざるを得ないので、
シェフもマダムもフラフラ・・・。コックコート持ってきて手伝えば良かった・・・
と思ってたらシェフから、「このあとどこ行くの?」
う・・・・い、言えない。こんな眠い眼を擦りながら働いてるシェフとマダムを前にして
「今からお呼ばれで、食事なんですよ」なんて、心苦しすぎて言えない!
何が一番心苦しいかって・・・・そのレストランがよりによって真向かいだってこと!!(笑)

もう行っちゃえ!!「カランドリエ」!
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う・・・後ろめた過ぎる・・・。見送られる視線が冷たすぎる(笑)
「たまには、まだ働いてる僕らのこと思い出してね」とか言われるし・・・。
道路隔てて数メートル。いやマジで料理どころじゃないぞ・・・。
ま、でも初カランドリエやし、せっかくなので楽しまないとね。
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店内はノスタルジック。いわゆる多くの人が描く「フランス料理店」な感じ。

メニューも今どきの、「アミューズが多くて前菜が始まってるのかどうか不安になる」
的な感は無くて、アミューズは潔く1種類。
フォアグラのソースを閉じ込めたコロッケ
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あら、良い意味で裏切られた感じ。
閉じこめられてたのは固形物ではなくホントにソース。

静岡の完熟トマトと車海老のサラダ 小松菜ヴルーテ和え
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うわ・・・!昔の本で見たことあるような「クラッシック」な盛り付け!
微笑ましいほどノスタルジック。フランス人は本来、左右対称を好むんです。
だから昔のフランス料理の盛り付けはこういうのが多いんです。
逆に日本人の美意識にあるのが「わびさび」。
空間の持つ「間」や「静」の空気感。そこに潜む空気すら表現に変えてしまう。
左右非対称だったり、「そこに何もないのが良い」みたいなね。
そんな「わびさび」とか「奥ゆかしさ」とか、
何だか日本人の良さって薄れつつありますよね・・・・。

このパンも・・・・ノスタルジック。
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日高で採れた八角のムニエル 芽キャベツのブレゼ添え
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蝦夷鹿ロース肉のロティ 黒胡椒風味
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ワゴンサービスのデセール・・・・お盆やけど。
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切り分けてる間に、まずはこちら。オレンジ風味スフレグラス
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で、先ほどのお盆デセール。普段絶対食べないようなのばっかり。
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こちらは「お茶菓子」。
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・・・・・なんなんでしょうね・・・・。
ちょっと言えばきりが無いので「言わない」ほうを選択しました(笑)
クラシックって、こういうことなんですかね?
「古い」とかじゃなくて、こういうフランス料理はカテゴリーとして確立してると思うんです。
だから、今の流れと比較すること自体ナンセンス。
こちらにはこちらの楽しみ方や解釈の仕方があるんです。
が・・・・、まぁ、そのくらいにしておきます(笑)
店内も、サービスも、共通してるのが「安心感」。
これはなかなか若い店には出せませんよね。学ばなあかんとこも多いです。

僕もまた岸辺で時代を追わず、
良き日々・・・そう20世紀初頭のフランスのパンを念頭に置き
それを再現しようと試みた職人に師事を受け、
自分もそれを作り続けたいと願う職人です。
でも僕の考える「トラディッション」とは、
ま、この思考は師の影響が多大にあると思うんですが、
過去の止まった時間ではないんですよね。
今、岸部で生まれる「トラディッション」があってもいいと思うんです。
今から「岸部発のトラディッションを生み出す!」って大それたことじゃないですよ(笑)
わかりますかね?過去の物真似では無いと思うんです。
ようは「トラディッション」というものへの解釈の問題であって、
その解釈さえ出来ていれば、今日、窯から「トラディッション」が焼きあがることが
在り得るわけです。何も古臭いのがトラディッションじゃないんですよね。
「フレッシュなトラディッション」という言葉がご理解していただければ話は早いです。
基本、そういう言葉のついたものって、手を加える必要はないんです。
トラディッションとかスペシャリテとか。
なぜなら時間が経っても色褪せないものが、
そういう名を冠して残っていくと思うんです。
ただ、時代が違えば材料も環境も違います。
故に、変化させなければ再現できないんです。
同じようにやったって、再現すらできないんです。
間違っちゃいけないのは再現するために変化させるのであって、
仕上がりを変化させるってことじゃないんです。
それとその逆もしかり。同じようにすることが再現するということではないということ。
それをきちんと理解し提供できていれば、美味しいものは美味しいんです。
むしろ、新しさすら覚えることもあると思います。
先にも書いたように、トラディッションとは「古い」ということでは無いのですから。
・・・・・と、僕は思うんですよね。
これでもだいぶ、セーブしました(笑)
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by monsieur-enfant | 2009-02-25 03:43 | カランドリエ