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なないろめがね

小さな小さな物語

この日は祝日と定休日が重なった日。
そりゃズラしたほうが、お客さんも来てくれるんでしょうが、
なんせシュクレは連休なもんで、ズラすと後もややこしくなります。
ので、普通に閉めました。来てくださった方、今更ですがスイマセン。

ただ、年に数回あるかないかのこんな日。
子持ちのスタッフは、いつもは平日休みなので、
盆と正月くらいしか一日中子供と接することもないんですよ。
ですから「たまには子供と遊んであげてデー」だと思ってご了承ください。

僕もその「たまには子供と遊んであげてデー」に便乗させていただこうかと思うのですが
今日は、生憎の天気。陽が射したかと思えば一転、泣き出しそうな曇り空。
でも、なぜだか数日前から急に「淡路島」の気分。根拠は無し。
車で移動しながら淡路島通のスタッフにメールでアドバイスをもらい、段取りも完璧。
朝から回る順番までアドバイスをくれたスタッフへの、お礼のメールに一言添えて・・・
「雨降ってきたから止めるわ」。どないやねん。
西宮あたりで降ってきた小雨に心がポキリ。
行き先に困った挙句、今日は長女も一緒なので六甲のオルゴールミュージアム、
「ホール オブ ホールズ」へ。
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ところどころというか、ほんっとにごく僅か雪があり、それに戯れる次女。
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光も射さない冬の色の無い景色の中に、慎ましく放たれる「朱」の鈍い閃光。
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ここでオルゴールによるコンサートを聴くことができます。
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オルゴールはね、人が演奏するわけではないのですが、
もちろん録音されてるわけでもないんです。
そういう意味では、今、奏でられてる「生」の音なんです。
「刻まれた生演奏」という、なんともいえないセンチメンタルな空気感と、
切なく、儚げで、心が洗われるような音色が昔から大好きなんです。
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コイツは、オーケストラ顔負けの演奏をします。
皆さんが想像する「オルゴールの音」以外に、
オルゴールはちゃんと楽器で演奏したりもできるんですよ。
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ホントに一度、騙されたと思って聴きに行ってください。
小さなチロチロのオルゴールしか聴いたことの無い人は、
きっと心にまで響くオルゴールの音色に涙すると思います。・・・好きな人だけね(笑)

オルゴールの音に耳を傾ける長女。
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初登場ですね。
先に書いたように「長女も一緒なので」訪ねたオルゴールミュージアム。
彼女、眼も見えませんし、食事も出来ませんし、起き上がることも、歩くこともできません。
もちろん喋ることもできません。
触れられて喜ぶことはあっても、間接的に感じれる機能は鼻と耳だけなんです。

その彼女の名前は、オルゴールに所縁があるんです。
障害を抱えて産まれてくるかもしれないことを告げられ、
不安で笑うことも少なくなってしまった頃、
近所でやってたオルゴールコンサートに気分転換に行ったんです。21の頃でした。
そこで聴いたオルゴールの音色に、久しぶりに笑顔が戻ったんです。
その後、ま、上手くセールスに引っかかり(笑)、
当時にしては大金をはたいて1台のオルゴールと共鳴箱を購入したんです。
胎教にも良いと聞き、少しだけ前向きになれた気もします。
拠り所の無かった僕らには、縋る様な1台のオルゴール。
ショックと不安で名前を考えることすら出来なかった僕らは、
帰り道、そのオルゴールの曲の名を、長女の名に決めました。
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僕はね、これ以上彼女について書く資格も無い父親ですが、
やはりこれだけは言わせて欲しい。
こうして、頑張りたくても頑張れない子もいるんです。
もちろん彼女は彼女なりに、ものすごい頑張り屋さんで、
幾度の辛い手術にも耐えてきました。
でもね、自分で選択したわけじゃないんですよ。
僕がフランスに行く前、死にそうなくらいキツイ毎日を我慢できたのも、
「死にそうなくらいキツイ毎日を、自分で選択すること」が出来ない長女に比べれば
それを選ぶことの出来る僕が弱音吐いてる場合じゃないと思えたからです。
だから腹立つんです。ほんっとに腹立つんです。
選べるし、頑張れる連中が、選んで、頑張らなきゃいけない時に頑張らないのが。
だったらうちの子にその権利を分けて欲しいと思います。
一生懸命生きないなら、生きることに一生懸命になれないなら、
その権利を欲しがってる人なんて山ほどいますから。
「自分なんて」とか「自信ない」とか、何もやってないヤツが並べる捨て台詞を、
うちの子のような子の前で言えますか?
心の底まで映されてしまうんじゃないかと思うほど澄んだ瞳を見据えれますか?
五体満足は、当たり前じゃないんです。
障害者だって、特別じゃないんです。
毛細血管の一つまで繋ぎ合わせ育てるお母さんのお腹の中は、奇跡の空間です。
そこでなんのトラブルも起きずに産まれてこれる事自体が奇跡なんです。
当たり前じゃないんです。頑張れる身体は、当たり前に産まれるわけじゃないんです。
何も欠けてるところも無い有り難味にも気がつかないばかりか、
己の心が欠けてることにも気がつかない愚かさ。
志すものがあることが、どれだけ幸せなことか・・・。
挑めるものがあることが、どれだけ幸せなことか・・・。
思い通りにならないことは全て周りのせい。
居心地が悪いのは、自分に合わない周りのせい。
そんなに都合の良い職場、ないですよ。
現実が気に入らないなら、その現実を塗り替えてしまえばいいんです。
荒波を憂い、言い訳を並べる時間があるならば、
一人で泳ぎきるたくましさを身につけて下さい。
黙って溺れていては、溺れてることにさえ気づいてもらえません。
自力で岸に這い上がれとは言いません。
せめて、もがいて下さい。必死に這い上がろうと、もがいてください。
その必死さに誰かが気づくかも知れません。手を差し伸べてくれるかも知れません。
もしくは手に木の根が引っかかり、這い上がる糸口が見つかるかも知れません。
自分が志す仕事に振り向いてもらいたいなら、
その仕事を「職」として手に入れたいなら、
1、2年、その仕事に捧げずして、そう易々と振り向いてもらえるものではありませんよ。

ついでにもう一つ。
店で配布してる「シュクレ通信」19号(HPからダウンロード出来ます。)
にも書きましたが、うちの販売形態、「ショーケースにパンを入れた対面販売」に
ついてです。幾つかの意図がある中に、
「うちの子のように障害を持った友だちとそのお母さんが遠慮なく来れるように」
との狙いもあるんです。ショーケースに入ってたら安心でしょ?
ね、こうして一つの小さな店にも、いろんなドラマや意図が詰まってるんです。
よく好き勝手に「私は自分で選んでとるほうが好きやわ」って言われる方いますけど、
そういうこと、聞きにきたり、お話したお客さんいませんもん。
そりゃ慣れてるでしょうし、トングとトレイがお好きな方もおられるでしょう。
それはそれでいいんです。ものには好き嫌いがありますから。
でもね、その判断の全てが自分基準。全てが自分の物差し。
何故そうしてるのか、そこに何か意味はあるのか、考えることを忘れてませんか?
「そんなん言ってくれなわからんやん」って仰る方の多くが、
その前にこっちの言葉に耳を傾ける姿勢ではないですよね。
ま、店側が思うならともかく、お客さん側が「お客さん」を振りかざしがちな日本です。
前にも書いたように、店とは人生を切り取った1枚の画。
その画を「見に来たった」と、ズカズカ踏み荒らすのか、
「この画には、どんな意味があるんだろう・・・」と、何か感じようとしてもらえるのか、
店との付き合い方は変わってくると思います。

今も障害を抱えたお子様と一緒に来られるお客さんがおられますが、
やはり棚に陳列されてる店には一緒に入りづらいと思うんです。
うちならショーケースを叩いても大丈夫。一緒に選ぶって大事な時間だと思うんです。
店内のパンの匂い、一緒に嗅げるって素敵なことだと思うんです。
対面販売が苦手な方もおられるでしょう。僕らだって、人件費が3倍くらいかかります。
でもね、そんな店が一件くらいあってもいいと思うんです。
「スタイル」としてカッコつけてやってるわけではなく、
こうした必然的なとこから生まれてることでもあるのですから。
開店資金がギッリギリの中、それでも自動ドアに出来たのも、
そういうことを知ったデザイナーさんが、
車椅子でも入って来れる店に・・・と、頑張ってくれたからなんです。
確かにそれらは一部の方々だけへの配慮になるのかも知れません。
しかし、経験してきた僕らでしか考えれないことの一つなのかも知れません。
長女を授からなければ想えなかったことかも知れません。
彼女が教えてくれたことでもあり、彼女自身の、生きた証でもあるんです。

「ル シュクレクール」という、人生を切り取った一枚の画の中の、
小さな小さな物語でした・・・。
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by monsieur-enfant | 2009-02-26 05:04 | ホール オブ ホールズ 六甲

いつか見た景色

今日は何度もお誘いをいただいてた方とのお食事。
本町での早めのディナーということもあり、
昼過ぎから梅田のヨドバシをうろつき、ちょこっと百貨店を覗き、
難波まで移動して料理書を物色。
そこから本町までブラブラ商店街を歩いて移動。
寄り道とかしてたら1時間半くらいかかりましたけど、
ここんとこ町に出てきてなかったので新鮮でした。

なかなか顔を出せなかった恩師の店にご挨拶。
最近、スタッフに不条理な辞め方をされ、
こないだまで3人でやってたことを1人でやってる状態。
接客中心のマダムが厨房の手伝いをせざるを得ないので、
シェフもマダムもフラフラ・・・。コックコート持ってきて手伝えば良かった・・・
と思ってたらシェフから、「このあとどこ行くの?」
う・・・・い、言えない。こんな眠い眼を擦りながら働いてるシェフとマダムを前にして
「今からお呼ばれで、食事なんですよ」なんて、心苦しすぎて言えない!
何が一番心苦しいかって・・・・そのレストランがよりによって真向かいだってこと!!(笑)

もう行っちゃえ!!「カランドリエ」!
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う・・・後ろめた過ぎる・・・。見送られる視線が冷たすぎる(笑)
「たまには、まだ働いてる僕らのこと思い出してね」とか言われるし・・・。
道路隔てて数メートル。いやマジで料理どころじゃないぞ・・・。
ま、でも初カランドリエやし、せっかくなので楽しまないとね。
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店内はノスタルジック。いわゆる多くの人が描く「フランス料理店」な感じ。

メニューも今どきの、「アミューズが多くて前菜が始まってるのかどうか不安になる」
的な感は無くて、アミューズは潔く1種類。
フォアグラのソースを閉じ込めたコロッケ
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あら、良い意味で裏切られた感じ。
閉じこめられてたのは固形物ではなくホントにソース。

静岡の完熟トマトと車海老のサラダ 小松菜ヴルーテ和え
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うわ・・・!昔の本で見たことあるような「クラッシック」な盛り付け!
微笑ましいほどノスタルジック。フランス人は本来、左右対称を好むんです。
だから昔のフランス料理の盛り付けはこういうのが多いんです。
逆に日本人の美意識にあるのが「わびさび」。
空間の持つ「間」や「静」の空気感。そこに潜む空気すら表現に変えてしまう。
左右非対称だったり、「そこに何もないのが良い」みたいなね。
そんな「わびさび」とか「奥ゆかしさ」とか、
何だか日本人の良さって薄れつつありますよね・・・・。

このパンも・・・・ノスタルジック。
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日高で採れた八角のムニエル 芽キャベツのブレゼ添え
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蝦夷鹿ロース肉のロティ 黒胡椒風味
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ワゴンサービスのデセール・・・・お盆やけど。
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切り分けてる間に、まずはこちら。オレンジ風味スフレグラス
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で、先ほどのお盆デセール。普段絶対食べないようなのばっかり。
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こちらは「お茶菓子」。
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・・・・・なんなんでしょうね・・・・。
ちょっと言えばきりが無いので「言わない」ほうを選択しました(笑)
クラシックって、こういうことなんですかね?
「古い」とかじゃなくて、こういうフランス料理はカテゴリーとして確立してると思うんです。
だから、今の流れと比較すること自体ナンセンス。
こちらにはこちらの楽しみ方や解釈の仕方があるんです。
が・・・・、まぁ、そのくらいにしておきます(笑)
店内も、サービスも、共通してるのが「安心感」。
これはなかなか若い店には出せませんよね。学ばなあかんとこも多いです。

僕もまた岸辺で時代を追わず、
良き日々・・・そう20世紀初頭のフランスのパンを念頭に置き
それを再現しようと試みた職人に師事を受け、
自分もそれを作り続けたいと願う職人です。
でも僕の考える「トラディッション」とは、
ま、この思考は師の影響が多大にあると思うんですが、
過去の止まった時間ではないんですよね。
今、岸部で生まれる「トラディッション」があってもいいと思うんです。
今から「岸部発のトラディッションを生み出す!」って大それたことじゃないですよ(笑)
わかりますかね?過去の物真似では無いと思うんです。
ようは「トラディッション」というものへの解釈の問題であって、
その解釈さえ出来ていれば、今日、窯から「トラディッション」が焼きあがることが
在り得るわけです。何も古臭いのがトラディッションじゃないんですよね。
「フレッシュなトラディッション」という言葉がご理解していただければ話は早いです。
基本、そういう言葉のついたものって、手を加える必要はないんです。
トラディッションとかスペシャリテとか。
なぜなら時間が経っても色褪せないものが、
そういう名を冠して残っていくと思うんです。
ただ、時代が違えば材料も環境も違います。
故に、変化させなければ再現できないんです。
同じようにやったって、再現すらできないんです。
間違っちゃいけないのは再現するために変化させるのであって、
仕上がりを変化させるってことじゃないんです。
それとその逆もしかり。同じようにすることが再現するということではないということ。
それをきちんと理解し提供できていれば、美味しいものは美味しいんです。
むしろ、新しさすら覚えることもあると思います。
先にも書いたように、トラディッションとは「古い」ということでは無いのですから。
・・・・・と、僕は思うんですよね。
これでもだいぶ、セーブしました(笑)
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by monsieur-enfant | 2009-02-25 03:43 | カランドリエ

「声」について・・・

前回の記事を書いた後、何件かのメールをいただきました。
店頭で直接お声をかけていただいたお客さんもおられます。
それは読んでいただいたかたの、ごく一部の方ですが、
思うだけではなく、「伝えたい」と小さくてもアクションを起こして下さったこと、
とても嬉しく思います。

いろんな感じ方、いろんな考え方があると思います。
ただ、沢山の方が何かを感じ考えてくださったように思います。
それだけで感謝です。
僕らが発信する「声」も大切ですが、
各々が感じたり思ったことを「声」にすることも大事だと思います。
「声」には力があります。
勇気付けられたり励まされたり、癒されたり守られたり。
もちろん、時には凶器と化すこともありますけど。
何も大きな声じゃなくていいんですよ。たいした内容じゃなくてもいいんです。
「あえて言わんでも・・・」ってことを、一度声にしてみてください。
「いつもありがとう」とか「美味しかった」とか。
店にじゃなくても、家族に、恋人に、友人に、伝えてみてください。
顔を合わせて言ってみてください。
表現しなければ、心は見えません。
伝えなければ、想いは届きません。

時に「声」は魔法になり、自分が予期せぬ効果をもたらすこともあります。
発信する側にとって何気ないことでも、受け手にとっては意味のある言葉もあります。
今回発した「声」に対する「声」は、僕に多くの勇気をくれました。
時に暴力的に書き綴る僕の文章は、果たして理解されてるのだろうか・・・。
大きな誤解を生んではいないだろうか(もちろん誤解も覚悟して発してますが)・・・。
誰も言わない中で、僕が綴る意味があるのかどうか・・・。
そして・・・・実は、本質的な部分は結局届けれてないんじゃないか・・・・。

でもね、みなさんの「声」が、僕にも届きました。
基本、大きな何かをしようとか、多くの人に理解してもらいたいとか、
そんな気持ちが更々無い「シュクレクール」という店の店主のブログ。
広い層ではなく、深い繋がりを作りたくて書き始めたこのブログ。
感じて下さる方がいてくれたこと、それだけで嬉しいことです。
ありがとうございました。
書いて良かった・・・と、思わせてくれたのは、読んでくださった皆様の「声」でした。
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by monsieur-enfant | 2009-02-23 22:43 | とりとめなく・・

「声」

今、胸が震えて書けません。涙が溢れて書けません。
僕みたいな単細胞な人間は、一人ぼっちなうちは一人だと気がつかないものです。
そっと温かい大きな手に包まれて初めて寒くて凍えてたことに気づくんです。
一人で寂しかったことに気づくんです。
そしてその大きな温かな手は、強く、確かな「声」として僕の元へ届きました。
その声を、ここで皆さんに紹介したいと思います。

ご迷惑をかけるかと思い、確認の連絡を入れさせていただいたとき、
「メール、有難う御座いました。どうぞ、どうぞです。
僕は以前から岩永さんは “一人で戦ってる” と思っていましたから…。
不特定多数の人間に向かって発信するという事は、共感してくれる人がいる
一方でリスクも伴いますし、責任も付いて回ります。
それを承知の上で敢えて発信している岩永さんには頭が下がります。
中には同様の立場にありながらまるで他人事、冷ややかに思っている人もいる
かも知れません。自分は安全な処にいて野次馬のように面白がって煽るだけの
人もいるかも知れません。まるで有名シェフに群がる業者さんのようです(笑)
僕は相手が老若男女、誰であっても正直でありたいと思っています。
ですから発信こそしていませんが自分の言葉には責任を持つつもりです。」
との返事をいただきました。

ここに掲載することを快く了承していただいたことに、深い深い感謝を捧げると共に、
この「声」は、きっと、きっと、きっと、みんなの心に届くと信じています・・・・。


「岩永 様
この前の “告知” で岩永さんが書かれていた事は、パン屋に限らず
職人仕事を営んでいる人間の心の叫びだと思います。
いや、僕も実際に叫んでます(笑)
ついこの前は、29歳の男子が辞めました。
また20代後半、R-25と呼ばれた世代です(笑)
ひと括りにしてはいけないんですけどね…。
付きっきりで折り込みを教えて1ヶ月、やっと出来る様になって来たところです。
もちろん、東京の事や今の状況を分かっていてです。
何が驚くって、怒りもせず励まして励まして…挙句の果てに「自信がない」と
言って辞めました。今日言って今日で辞めるパターンです。
11年間やってて、怒らず励ましてて辞められたのは初めてです。
1ヶ月間、本人は全くというほど努力と呼べる事もせず…毎日出勤しては自分が
何をすべきかも考えず、ずっと年下の女の子に毎日「何をしたらいいですか?」
「教えてください」と言っていたそうです。毎日ですよ…。
途中何度か言いました。「年齢的にも、もう後がないくらいの気持ちでやってる?」
「東京も始まるし、自分が頑張らないと…って思わないと!」って。
これで辞められるのですからどうしようもないです(笑)
言うことだけは歳相応のもっともらしいこと言ってたんですがね…。
R-25世代、怒らなくても自滅して行きます(笑)本当に迷惑なだけです。
で決まってこの世代皆に共通しているのが、自己陶酔です。
自分の事しか考えていません。
“自分は頑張った。駄目だったけど頑張った自分を褒めてやりたい”って思っています。
キモチ悪いです(笑)
バックボーンが見えるというか、これまで余程楽して生きて来たんだ…というのが
見えて来ます。お気楽アルバイトをして来たけれど、
そろそろ年齢的にも “社員”で働かないと…程度の認識です。 
覚悟なんて呼べるレベルでなく、彼らの目的は
“社員になって安心出来ると” 錯覚することなのです。
だから相手が年下だろうがおんぶに抱っこで平気だし、責任感も皆無。
思いのほか責任があるんだと認識した時には、
だから頑張るのでなく自滅して行きます(笑)
「頑張ります。大丈夫です。」…面接なんて意味ないです。
全くその通りです。彼らの覚悟(?)や責任感なんて、うちの女子高生以下です。
そういえば、前に信じられない様な辞め方をしたR-25(当時28歳で奥さんも子供もいる
 “子供” です)が先日お店に電話を掛けて来て
「源泉徴収表を “郵送” しておいて下さい」と言って来たそうです(笑)。
この時点で呆れるのですが、彼は引越しをしてる上に引越し先の
住所も知らせていないのです。
もう笑うしかないのですが、どうする事も出来ないので放っておくと
先日僕の携帯に留守電が入っていたのを聞いて、また大笑いしました。

『源泉徴収を送ってもらえますか…今週中に届かない場合は
“税務署に相談に行って税務署から指導が行くことになるので”お願いします』

どう思います!?岩永さんにも前にお話したように、
うちは一切非合法な事はしておらず
(税務調査で偉い人が来られた時も褒めて帰られました)、
税務署に来られても隠す事も困る事もありません。
あまり賢い子ではなかったので誰かの “入れ知恵” だとは思うのですが、
余りにも滑稽です。
これで妻子持ちの30前なのですから日本の未来が心配にさえなります(笑)
いっそ、もっと下の世代の20代前半の子たちの方が
余程僕らの思う覚悟って有りますし、責任感もあります。
自分の事しか考えず、
自己陶酔して自分自身を慰めるようなセリフしか言わずに去って行った彼らは、
やっぱりこの業界にも残っていません。
その前後の世代の子は他所のパン屋で頑張っていたりするんですけどね…。
華やかな世界だと勝手に錯覚して
“一度やってみたかった” 程度で来ないで欲しいものです。
これも必ず面接の時に言っているのですが・・・・
日本語も理解出来ない子が多いみたいで(笑)
本当に “岩永さん、代弁してくれて有難う!” の心境です。
でも、もうブログ更新してるし(笑)
どの程度理解出来るか、伝わるか分かりませんが、
先日のブログはプリントアウトしてうちの子たち
にも読ませました。僕も毎日の様に岩永さんと同様の事を言っているのですが、
いつも同じ人間が言ってると、それに慣れちゃって説得力が落ちるので…。
東京のスタッフも 大手上がりの 
“悪気はないけど実力棚に上げて自分の権利ばかり振りかざす”
痛い子がいそうなので読ませます。
本当に感銘受けました。有難う御座いました。
最近、僕がイタい…いや若い人によく使うセリフです。
 
『あなたには何が出来ますか?何に対してどれだけの実績がありますか?
 その実績は本当に他人に対して ”説得力” のあるものですか?
 今、あなたがするべき事は本当にそれですか?』

僕も毎日、伝わらない事による悔し泣きと自己嫌悪の繰り返しですよ。

Le petit mec 西山 逸成 」



僕らは、現状を露呈して、お客さんに言い訳したいわけでも
同情してもらいたいわけでもありません。
「うちは何も問題ないし順調ですよ」的な面してることも可能です。
でもね、生の「声」を聞いて欲しいんです。
西山シェフの発言のおかげで、ただの威勢の良い岸部の若造が、
自分の力不足を棚に上げてピーチクパーチク喚いてるわけではないことも
理解いただけたかと思います。
そして西山シェフは、僕ら「経営者」の言葉も代弁してくれました。



「月並みな言葉ですが例外なく経営者は孤独です。
温度差感じたり、伝わらなかったり、虚しくなったり、
自己嫌悪や心折れそうな事なんて日常茶飯事です。
僕なんてこの前は音が聞こえましたよ…ポキッ!って(笑)
家帰ったら涙出ました。
でも…僕たちは自分が小僧だった頃を思い出せば
(よく忘れるのですが…それが使う側の悪いところ)
働いてくれている子達の気持ちになる事は出来るのですが、逆は有り得ません。
職人仕事で “経営者” という職業を目指した人って少数派だと思います。
殆どの人が好きで続けた結果、“経営者になってしまった…” 
というのが本当のところだと思います。
お金の問題や人の問題…こんなにもやりたい事を形にするのが大変で、
殆ど不可能だと認識した上で経営者になった人なんて
皆無に近いのではないでしょうか…。
同じだと思うのです。 こんなにパン屋が大変だなんて…と思う若い子たちと。
現実を思い知らされ、嫌でも認識するしかなくて…
そこで諦めるか、諦めないか、これも同じですよね。
お前が選んでパン職人になったんやろ! って言いたくなるのですが(言ってます…笑)、
結果的にであれ僕らも自分で経営者になる事を選んだんですよね…。
理想が高くなればなるほど現実とのギャップの開きに苦悩する事になります。
でも諦めたら駄目なんですよね、
日本人なのに日本語理解してくれないような子であっても
伝え続けないといけないんですよね…諦めない子である限り…
それがオーナーシェフの仕事ですから。
こんな僕も人間出来てない弱冠40歳です。
故に愚痴るし、叫ぶし、間違いだってあるし自己嫌悪にも陥ります。
それでも岩永さんのブログを読むと、伝えないと…と思う今日この頃です。」



今回はあえて何も書きません。
ただ読んでいただきたい。
どう感じてほしいとか、何を伝えたいのかとか、何も書きません。
ただただ読んでいただきたい。
そして、感じて考えてみてください。何かを想ってください。
同業者の方も、もちろん異業種の方も、プロの方も、アマチュアの方も、
オーナーやシェフの方も、雇われてる方も、これから志そうとする方も、
そして飲食業を愛し応援してくださるお客さんも、
それぞれがそれぞれの立場で、是非何か感じて考えてみてください。


本当にお忙しい中、こんな貴重な時間、貴重な声を聞かせていただいた西山シェフ、
重ね重ね、ありがとうございました。
僕を・・・・というかシュクレクールを応援してくださってる方々、
おそらく全ての方が、この度の行動を嬉しく思ってくれてることと思います。
どんどん孤立していく僕を憂いて下さってた方々(笑)、
僕はこんな素敵な方に見守っていただいてました・・・・。
プティメックさんを見て、「こんなふうにお店を育ててみたい」と憧れた僕にとって、
この上ない、思いがけないプレゼントでした。
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by monsieur-enfant | 2009-02-20 02:53 | とりとめなく・・

廻り合わせ

今日は寄る用事はあったんですが、食べるつもりはなかったんです。
来月から一緒に働く子が店に遊びに来てくれて、その子の家が近所なんですね。
うちで働くが為に岸部に引っ越してくるはめになってしまった残念会・・・いやいや、
ちょっと早いですが新入社員の前祝いってことで。
西天満「ランデブー デザミ」にお邪魔します。

お、今日は身内は居なさそうやな・・・と確認して入店。
お腹も空いたことだし、
デザミさんはいっつも記事が長くなるのでサクサクッと行きますね!

長崎産 殻つき牡蠣のオーブン焼き
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牡蠣自体にインパクト薄し。殻に残ったジュを啜る幸せ・・・。

半熟卵とトリュフのココット
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うわ・・・、口臭がトリュフ臭に・・・。そこに絡まる半熟卵・・・・美味くないわけありません。
グビッと一口で飲み干したい衝動に駆られます。

いつもより勢いが無いのは、今回は頼んだことないのを攻めてるため。
女性のお客さんから、
「行きたいけど、あんなに多いと食べきれない」って言われたのもありまして、
ちょっとポーションが小さいのもありますよ・・・・って、デザミの広報と化してますね(笑)

ブーダンノワール
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背中越しのお客さんがお帰りになられるとき、
「パンが美味しいって聞いて・・・」って仰ってるのが聞こえて。
僕ら、意外と直接そういうお声を聞くことて少ないんですよね。みんな家で食べますから。
この店の役に立ててることを嬉しく思いながら目線で見送ってると、
何やら隣のテーブルに見慣れたパンが見え隠れ・・・・。
「あ!!もしかして・・・!今まで気づきませんでした!!」と言われ、
「今日、買いに来てくださったんですか?」と余所余所しく応えたら、
「後藤です」・・・・・知り合いでした。しかも名乗られるまで気づかなかった(笑)
僕は直接一緒に働いたことは無いんですが、
僕が辞めたあとデザミの大谷シェフと一緒に働いてた女の子2人が隣で食べてました。
っていうか言って下さいよ、大谷さん!
僕、人の顔と名前覚えるの、めちゃくちゃ苦手なんですから。失礼しました・・・。
ってな具合に、現場でもブーダン・ノワールはそっちのけで盛り上がってしまいました(笑)
今日は知り合いに会わないと思ってたのに・・・。

モツァレラチーズを包んだフランス産仔ウサギのブレゼ バジルのソース
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「昼、来たことはありますけど夜は初めて」という新入社員の「羊」のリクエストに、
「やだ。うさぎ。」と却下する大人気ないオーナー1名(笑)
結局ブーダン・ノワールしか採用してあげなかったわ・・・。
いや、めんどくさがりのシェフにしては、なかなか珍しい料理でしたからね。包んだりとか。
デザミでウサギも初でしたし。
バジルのソースの存在が隠れるほど、
ウサギとモツァレラの間のベーコンが良い味出してます。
独特の弾力のウサギも、僕自身久しぶりでした。

隣の2人は、パン屋と菓子屋、
それぞれこれから新たに自分の足で歩んで行こうとしてるとこだったよう。
まだ若い2人ですが、とても女の子じゃ続けれない職場で頑張ってきた2人。
こういう子に会うと、胸がキューンってなりますよね。「まだいるんや、こういう子」って。
だから、ちゃんと頑張らなあかんのです。苦労した子はちゃんと報われなあかんのです。
中途半端な子はどうでもいいですわ。
でもホントに苦しんだ子がちゃんと報われていかないと、
「苦しんだ損」になってしまいます。
今、同じように頑張ってる子らも頑張れなくなってしまいます。
自分の意思も押し殺して、いろんなことを犠牲にしてやってきたことでしょう。
やっと自分が選択できる位置まで這い上がってきたんです。
その権利を得たことをちゃんと自覚して、自分のために、
自分で良い選択をしてあげてください。
・・・的な話をしてたとき、「廻り合わせですね」とマダムがポツリ。
そうですね・・・今日は来る予定なかったんですからね。
うちの新人が店に遊びに来なかったら食事してないんですから。
で、その日にたまたま神戸からデザミに食べにきてた2人に出会って、
「また今後の話を聞いてもらいに伺います」って。
僕に何が出来るわけじゃないですが、なんとかしてあげたいと思う2人。
廻り合わせで引き寄せられたと思ってくれるなら、できるだけのことはしてあげたい。
だって、前にも書いたように、ホントに貴重なんです、こういう子ら。
あ・・・・デセール忘れてた。

クレープ イチゴとミントのソース
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イチゴとミントのラブリーな組み合わせ。しかも「クレープ」。
食べてるのが34歳のおっさんですいません・・・。

隣の2人が神戸に帰った後も、久しぶりに昔話で大谷シェフと盛り上がりました。
うちの新人の女の子も、さっきの2人に負けず劣らずキツイ職場を耐えてきてます。
得るものが多い職場で、キチンと責任もって育ててくれる職場であれば、
有意義な時間なんでしょうが、なかなかそういう職場、
上司に出会うことは少ないものです。
まして若い頃は、何が良くて何が悪いのかもわからず、多くが働いてる職場が「正しい」と
思わせられながら、ただひたすら働いてる子が多いのが現状。
気がつけば得たものより失った時間の損失のほうが大きく、
身体を壊したり、心が折れたり、次の職場で全く通用しなかったり。
でも自分がその過去に捉われていては、
なんでも「その過去のせい」になってしまいます。
笑い話として話せるよう、確実に過去を越えた未来を作り出さなきゃいけません。
そしてそういう「負」の経験を抱えてることは、大きな力に変わります。
大抵の子が逃げてしまう局面で「逃げなかった」事実は、
自分にとって誰もが経験することではない財産であり、れっきとした才能なんです。
でも意外と本人はそこに気がつかない。
自覚することがなかなか自分ではできないんです。
それを気づかせてあげなきゃいけません。
「君らはスゴイ頑張ったんだよ」って教えてあげなきゃいけません。
その財産を投げ捨ててしまわないよう、その時間が無駄にならないよう、
導いてあげることも先に生きてる僕らの役目やと思います。
ま、だからといって一緒に働いたら容赦しませんけどね(笑)
僕らがそうだったように、いつかこの子らが、もちろんうちのスタッフもですが、
「この仕事を続けてきた良かった」と思ってもらえたら、
こんな嬉しいことはないですもんね。

そんな子らの、小さな小さな道標になれるよう、
ブレず、曲がらず、錆びないよう、
小さな人間ですが、しっかり背筋を正して遠くからも見えるように、
真っ直ぐ立って生きていけたら・・・いや、そう生きていかなきゃなぁ・・・、
そう思わせてくれた、「一生懸命生きてる」子たちでした。
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by monsieur-enfant | 2009-02-19 04:07 | ランデブー デ ザミ

「繋がり」

ちょっと文章が続いて皆さんの目も疲れてるでしょうから、
今日は美味しい料理の画像でご機嫌を伺ってみようかと。

ご無沙汰の「ラピ」さん
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フラッと寄ってはみたものの、席はカウンターまでほぼ満席。
さっき出られた方がおられたようなので運良く着席。
すごいなぁ・・・嬉しいなぁ・・・。
「忙しくて出れなかった電話が何件かあったんですが、
お電話いただいてたんじゃないですか?」と、すまなさそうにマダム。
・・・・全くしてません(笑)

あ!と見つけたのが昨年も食べた「自家製オイルサーディン」
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あ~、これ、ご飯に乗せてグチャグチャに混ぜて食べたい~!!
お上品にパンと・・・じゃなく、口いっぱい頬張りたくなる旨さ。
オイルサーディンランキング、NO1!嬉しくないかな・・・。

真ダラ白子のムニャイア
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また頼んでしまった「白子」!!どんだけ好きやねん!(笑)
カウンターが空いたのでカウンターに移動。シェフに近づいたので聞いてみた。
「ム・・・ムニャイアって、なんですか?」
いわゆるムニエルのことらしい。
それがわかったのも嬉しいのですが、
なによりメニューを見た時から「ムニャイア」と、言いたくて仕方が無かった(笑)
言いたくなりません?って、もう呟いてる方いるんじゃないですか?「ムニャイア」って。
思ったより言いにくくないですか?・・・って、ムニャイア引っ張りすぎですね。
白子の旨さは言うまでもないのですが、
この一皿、ちょっとした「酸」や「辛味」が良いリズム。
炙っただけで辛味をあえて残した玉ねぎだったり、大胆に使われたケッパーだったり。
白子は濃厚なんですが、お皿としては軽やかな印象。とても楽しい一皿。

ピーチ トマトとウニのソース
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「トマトとウニ」と聞けば思い浮かぶのが、
「ラ ベットラ ダ オチアイ」のOOシェフ(そこ伏せるか・・・)。
食べたことないんで妙な先入観は持たずにいただきます。
「ピーチ」というのはトスカーナ州シエナの伝統的な手打ちパスタ。
ま、イタリアでいうところの「讃岐うどん」やと言えばわかりやすいかと。
ムチムチしたどっしり太目の麺は、よくソースと絡まります。
そのソースは、一体化してるかと思いきやそうではなく、
最初にトマトの酸味、最後はウニの甘み。で、その中間地点に酸味と甘みが混ざって、
なんか柑橘系の甘酸っぱさが存在するんです。それを探しながら食べるんです。
「トマトの酸味があって・・・・、ウニの甘さ・・・・・の前になんか柑橘!」みたいな(笑)
カウンターでこんな一人遊びしてる中年男性、お嫌いですか?

蒸し丹波地鶏とミニ白菜のロースト
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「まだ食べれますよね?」の一言と一緒に運ばれてきた地鶏。
「お~~!」っと、俄然テンションが上がる。角度を変えてもう一枚。
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この向こうっ側にも白菜が横たわってるんです!
今更説明するまでもない白菜好きとして知られる僕としましては(初耳ですか・・?)、
イタリアンで白菜食べれると思って来てないわけですから嬉しい限りです。
初めから抵抗することを諦めてるかのように無抵抗に解れる鶏肉は、
思わず「水炊きや」(笑)と思うほどアッサリ柔らか。かといってパサつかずムチムチ。
白菜の、しっかり片面ローストしてある部分がなんとも香ばしく、良いアクセント。
思いのほか優しくあったかい料理で、こたつで食べたいくらいでした。

ミルクジェラート
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優しい鶏さんのおかげで、ドルチェまでいただけました。

年始かな?シェフとマダム、パリに行ってたようなんです。
お勧めした「デュ パン エ デジデ」にも行って、同じようにサンマルタン運河で
座って食べたようです。
「岩永さんと会って依頼です」ってマダムの一言が、なんだか凄く懐かしく思える。
前にも書きましたが、マダムとはパリのカイザーで働いてるときに出会ったんです。
店から出たら入るやら入らんやら挙動不審な日本人がいたんで声かけたんです。
そしたら大阪は福島の方だと。で、旦那さんはイタリアンのシェフだと。
ま、シェフも僕の知り合いのパティシエの友人だったという狭い世の中で、
そのパティシエと飲んでるときに、「妻がパリで・・・」と、シェフが現れたときには
「やば!どの女性やろ!!」って焦りました(笑)
その後、独立されて今に至るわけですが、
頻繁にお会いしたりしたこともないのになんだかこう、ここに帰ってきたくなるのは、
そういう偶然の引き合わせってものに、不思議なご縁を感じるからなんでしょうかね。

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ラッキーというかなんというか・・・、
僕が過去になんかの縁があった料理人って、
ラピの宮川シェフ、同僚だったハジメの米田シェフとランデブー デザミの大谷シェフ、
高校の同級生だったアキュイールの中多シェフ。なんだかメッチャ頑張ってる方ばかり。
うん、やっぱりラッキーですね。恵まれてます。
「知り合い」とかいう、つまらない馴れ合いは大嫌いですから、
こうして各々がちゃんと尊敬できる人であり店であることに価値があるんだと思うんです。
有名だのなんだのっていう、くだらない評価ではなく、
「仕事」として尊敬できるうえでの繋がりが大切だと思うんです。
業種とか地域とかで一くくりにする傷の舐めあいみたいな集団、
それって何繋がりですか?ってか、ホントに繋がってるんですか?
精神の共鳴さえあれば、異業種であろうがアマチュアであろうが、
それこそ立派な「くくり」になるんじゃないでしょうか。
優先すべきは業種や地域ではなく「心」。
同じじゃなくてはいけないのは業種や地域ではなく「心」。
「意思の強さ」、「志の高さ」、そして「心の温度」。
もちろん口ではなんぼでも言えますから、形にした仕事の「質の高さ」も重要です。
今を共に生きてる同世代の職人たちと、
数年後も笑って話せるよう、もっともっと精進しないとね。
そしてそんな「心」を持った方々と、もっともっと出会い響きあっていけたら素敵ですね。
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by monsieur-enfant | 2009-02-18 04:32 | ラピ

えっと,珍しくシュクレ関係のお知らせです。
2月25日(水)に、ちょっと奇特な本が旭屋出版さんから発売されることになりました。
その名も「人気ブーランジェのD.N.A」です。
なにが奇特かというと、その内容なんです。
関西4名、関東4名の計8名のパン職人のみで構成された1冊の本。
なのにパンの写真は1枚も無し。それどころか写真自体、1人3枚程度。しかも白黒。
持ちページは1人30ページ弱。完全に「読み物」です。
何が記されてるかと言うと、
生まれから幼少期、少年時代から修行時代、そして現在です。
誰か読みたい人いますか?(笑)
正直、有名タレントさん8人集めて生い立ちから記しても「読みたい」とは思いません。
よくこの企画が通ったな・・・とさえ思います。
しかし、売れる売れないは置いといて、カタログ的にパンの写真を羅列するよりも、
人一人の生き様を記したほうが伝わるものはあると思います。
いつもそうなんですが、他にどなたが載ってるのか知りません。
どんなことが書かれてるのかももちろん知りません。
僕はと言いますと、ライターさんがびっくりするくらい開けっぴろげに話しました。
もちろん載せれる範囲内ですけど(笑)
読まれる方は、僕の印象が変わってしまうかも知れませんね。
覚悟して読んでください。
と言っても僕の場合、独立までに渡ってきた店や会社が同世代の倍くらいあるので、
普通に記していくだけで全然ページ数が足りないんですよ。
削って削って削って無理やり収めました。
まだまだ記したかったこと、記さなきゃいけなかったこと、沢山ありました。
ピンで依頼される日が来たとき用に取っておきます(笑)
出版社の意向は、次の世代に読んでもらいたい本を作りたいとのことでした。
僕は憧れるような道は歩んできてません。
昔、とある専門誌に掲載されたとき、あまりに美化されてたので、
「この雑誌はスターやエリートじゃないと載れないんですか!?
世の中にはそんな職人は一握り。みんな地面這い蹲って生きてきてるんですよ!」
って抗議して、どんなに不細工な人生だったか書き殴ったFAXを、
8枚くらい編集長に直接送りつけた覚えがあります(笑)
当時まだオープンして2ヶ月くらいしか経ってない時のことでした。
昔っから面倒くさいヤツだったんですね(笑)
「そんな内容の特集じゃありませんので」と一蹴されましたけど。
そんな、憧れるような道を歩いてきてない僕だからこそ伝えれることがあると思うんです。
それは、「こんなヤツでもやっていけるんや・・・」っていう勇気です。
スポーツ選手やタレントさんらと違って、
昔から夢見て目指してきた人間が集まる業界ではありません。
特にパン職人は、料理やお菓子のジャンルと比べても華の無い職業です。
それでも「生涯を捧げるに値する仕事」なんだという事を、
他の人の文章を読んで感じてください(笑)
僕はあんまりそんなこと書いてなかったんちゃうかなぁ・・・。

でもね、みなさんどう思ってはるのか一度聞いてみたかったんですけど、
この業界、どう思いますか?・・・って急に聞かれてもね。
時代と言ってしまうのは簡単ですが、
この業界、ホントにしょぼいヤツが多いんですよ。心がね。
こっから、若い子や、もし志してる子がいるならよう読んどき。
まず、専門職・・・いわゆる「職人」と呼ばれる世界には、
古いと言われようと、独特の気質があります。世間と比較すること自体ナンセンスです。
そういうのが理解できない子を悪くは思いません。
ただ、そんな子はそういう会社を選択してください。
料理人や菓子職人、パン職人と言いましても様々なジャンルや店、会社があります。
ある程度の時間や給料や休みを保障してくれながら働けるところも少なくありません。
大手チェーン店なんかはその類です。
その方々も自分の仕事は「料理人」とか言ってると思いますよ。
「サラリーマン」とは言ってないと思います。
それはそれ、同じく人を喜ばせる立派な職業だと思います。
僕が言いたいのは個人でやってはる志の高い店のことです。
そこには半端じゃない想いと時間と労働力が注がれています。
お客さんに満足してもらうのに、
「ここまで頑張ったらオッケー」なんてラインは存在しないんです。
だからみんな、やれるだけやってるんです。
24時間じゃ足りない人たちばっかりです。
1週間が10日くらいないと休みすら取れない人たちばっかりです。
ま、言うなれば「変人」ばっかりです(笑)
それゆえ広い世界を知ってるわけではありません。
ただしそれゆえ一つの世界に純粋に没頭して生きてます。
まさに人生を捧げてるんです。
そうなることをわかって覚悟して営んでるんです。
そこに茶化しに来る馬鹿が後を絶ちません。
一日で辞める子なんて「へ~」ってな感じ。珍しくもなんともありません。
うちも安定するまで2年かかりました。
「いいスタッフが揃ってきたなぁ・・・」と実感するまで4年半くらいかかりました。
今まで辞めていった子なんて覚えてないくらいいますよ。
しかもそのなかには30オーバーもいるわけです。子持ちもいました。
「頑張ります。大丈夫です。」・・・・面接なんて意味ないです。
覚悟が無いなら来ないでください。迷惑です。

芸人さんらを見てください。
養成所のNSCとかあるでしょ?いわゆる専門学校ですよ。
そのときから厳しさを叩き込まれ、人の前で披露させられ、よっぽどプロ養成所ですよ。
飲食の専門学校なんて、卒業させるのが目的でしょ?
特にパンなんて、使い物になるヤツに会ったためしがない。
大事なのは知識なんでしょうか?本気でプロを養おうとしてる学校が、
生徒達が社会に出て困らないように教えなきゃいけない学校が、
普通に登校させて、そっから授業始めてパン作らすって、
世の中どこに10時くらいからのんびり作り出すパン屋があるんですか!?
そのくせ要求だけは一チョ前にしてくる。
こっちがお金もらいたいくらいの子ばっかりやのに。
「教育」以前の「しつけ」から教えなあかん子らばっかりやのに・・・。
養成所を出た芸人さんが、舞台でいくらもらってるか知ってますか?
何百円ですよ。しかもかなり前半の何百円。
専門出たての生徒さんと何が違うんですか?一緒でしょ。
画家さんだって、小説家さんだって、お金稼げるようになるまで大変なんですよ。
でも好きな仕事でメシ食っていきたくて頑張ってるんじゃないんですか?

あ、脇道逸れまくってますね(笑)もうすぐ終わりますからね。
こないだね、僕の尊敬するシェフの店に入った子が、
研修期間後も続けて働きたいと言ってきたときのこと・・・
「でも家遠くて通われへんやろ。引っ越してくるとかしないと働かれへんぞ」との一言に、
「引越して来るか来ないかは、ギャラ次第でしょ」って。
ギャラって・・・・・ホンマ、うちなら・・・・うちなら・・・・いや言えません(笑)
っていうか、うちじゃなくても代わりにボコボコにしばき倒したろかくらいの怒りでしたわ。
あ・・・言ってもた(笑)
お前、言えるだけ稼げんのか?ってことなんですよ。
もちろん頑張って欲しいし、頑張ってもらうための給料を渡す義務も僕らにあります。
「先行投資・・・先行投資・・・」と呪文のように唱えながら給料渡してます(笑)
でもそれは、やはり本人の気持ちによるところが大きいんですよ。
わざわざ田舎から出てきて、右も左もわからない土地で頑張ってる子もいるわけです。
たとえ仕事がまだ出来なくても、たとえ毎日怒られ続けてても、
たまに好きなもの買えるくらいは渡してやりたいと思うのが親心です。
「ギャラ」なんて言われたら・・・・あかん、またお下品な言葉が・・・(笑)
芸人さんが初舞台でギャラの交渉なんて出来ると思いますか?クビですよ、おそらく。
また別件ですが、1年世話になった店を2人で示し合わせて辞めた子もいます。
もちろん当日急に来ないわけですよね。神経疑います。
確かに辛いこともあったと思います。理不尽なことも感じることもあるでしょう。
でも使い物にならないその子らを、
沢山のロスを出したり、同じ失敗を平気で繰り返すその子らを、
「いつかは・・・いつかは・・・」と思って目を瞑ってきたシェフの気持ちなど
一切関係なく踏みにじる行為は、
おそらくどの業界にいっても許されざる行為やと思います。
一軒の店を構えるのに、気の遠くなるような時間と労力を捧げてきたシェフ。
それを一時の感情で志しただけのような中途半端な子らに踏みにじられる行為は、
聞いてる僕のほうが悔しくなります。悔しくて悔しくてたまりません。
「馬鹿にすんなよ」・・・と涙が出てきます。

収集がつかないので無理やり本題に戻しますが、
25日発売の「人気ブーランジェのD.N.A」。
お花屋さんと並んで、外から見る印象と裏側の実情が全然違う「パン屋さん」。
そんな「街のパン教室」の延長やと思ってる馬鹿どもに、是非読んで欲しい一冊です。
・・・て、いやいや、そんな重い内容の本じゃないと思いますよ(笑)
興味あるかたは是非読んでみてください。
ってか、今日の記事、ホントはHPのニュース欄に書き始めたんです。
「あ、ちょっと文字数多いかな?」と思ってブログに書き換えたんですが、
ニュースにこんだけ書き込んでたら、エライことなってましたね(笑)

文章が続いてるんで、次回はちゃんと画像も入れますね~。
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by monsieur-enfant | 2009-02-16 03:30 | とりとめなく・・

あの~・・・・
何だか最近、急にブログのアクセス数が増えてるんですけど・・・
何かあったんですか?(笑)
もともと、代わり映えのしない店のHPを作るに当たって、
HPまで代わり映えしないのはマズイということで始まった「ブログ企画」。
いわゆる更新頻度をカバーする手段だったわけなんです。
が、書くとなると、匿名でないことがネックになってくるんですよ。
僕が見たり感じたこと、その価値観や表現力が、
当然ですがシュクレクールを営むものの価値観や表現力となるわけです。
これはマズイ・・・。流して書けないぞ・・・と思ったときには時すでに遅し。
店でお客さんに「楽しみにしてんで~」と言われ始めていました。

僕はシュクレのHPを立ち上げるまで、パソコンの電源すら入れれず、
デジカメもHPの写真の撮影用に購入したのが初めてだったんです。
ですから文章を打つのもままならず、画像をアップするのも至難の業。
平均5時間くらい、毎回かかってました。
パン屋である前に、一表現者ですから、文章もやっぱりちゃんと考えます。
学もありませんし上手な文や綺麗な言葉は紡げませんが、
せめて表現者として何か伝えることくらいはできればなぁ・・・と思っています。

ただ、もちろん「主張すること」は当然評価だけを生むわけではありません。
黙ってたら立たぬ波風が立ってしまうことも、主張することによって起きてしかり。
むしろ批判を受け入れれないなら主張する資格すらないとも思います。
言いたいこと言いますけど、反論は勘弁してなんて都合の良い話ないですよね。
だから実名、さらに所在地まで公表して書くことは、すごくリスクを伴うことだと思います。
ま、僕の場合はそれを「潔い」と思って書いてますけどね。
だって、どこのだれかもわからん人らがネット上で、
なんの責任もリスクもないことをいいことに、平気で偉そうに批評する世の中。
住所、氏名、年齢。公表してたら書けないわけでしょ?
僕はその上、職業までバレてますからね(笑)
ちゃんとリスクも責任も背負ってるわけですから、
主張する権利だけはいただけてるかな・・・と思って書いてます。
もちろん権利だけでなく、
何か意見を求められれば返せる根拠と思想をもったうえで書いてるつもりです。
結果、例えば韓国について書いてたときに読んでくれた韓国人の方が、
わざわざ韓国から店に訪ねてきてくれたり、
会ったこともない同業者が、どっかのお店に行ったりしたときに
「岩永さんならどう感じるんだろ」とか思いながら過ごしてくれてたりという、
思わぬ素敵な繋がりを生んでくれてたりもしました。

で、左上にいつも表記してあるのが、当初のコンセプトだった
「店では出せない生活臭を感じてもらい、もっと身近に感じてもらおう」・・なんですが、
これについては「一向に生活臭を感じない」との意見をいただいてます(笑)
そうですね、最近は食事の記事が多くなってますしね。
でも、その「食事の記事」もね、伝えたいのは「美味しい店情報」ではなく、
作り手の「温度」というか「背景」というか、そういうものを知っていただきたいと思うことと、
そういうことを理解することによって、お店への見方や接し方が変わったお客さんが、
好きなお店と良い関係になってくれたら・・・と願って書いています。
その甲斐あってか、知り合いの店からは、「シュクレさんのお客さんは、マナーも良いし、
リアクションも大きくて、こっちも楽しくなってきます」という嬉しい言葉もいただいてます。
ま、「うちだけの」お客さんじゃないんですけどね(笑)
でも、ただ食べるだけじゃなくて、シェフの人柄であったり想いであったり、
背景が加わるともっと大きな視野でお店を楽しめると思うんですよ。
僕は料理を「人を食べる」ものやと思ってますから、
その「人」の部分を伝えていければいいなぁと思ってます。
だから僕が食事に出かけるのも、その「人」に会いに行くのが目的なんです。
といってもホントに会ったりしませんよ。名乗ることも滅多にしません。
名乗って「は?」なんて言われたら、超恥ずかしいじゃないですか!(笑)
料理に現れる、作り手の人柄に会いに行くんです。
精神的なリフレッシュにもなりますしね。
身体のリフレッシュなんて一日の休日くらいじゃ無理ですから。
健全な身体なんて、2、3年仕事辞めてケアしないと戻れない気がします・・・。
美味しい料理を食べてリフレッシュ・・・ってのもありますが、
「うわ・・・ここにもこんな苦しい仕事してはる人がおるんや・・・」って人と出会うと、
ちょっと気が楽になったりもします(笑)
一つ皆さんと違う目的があるとしたら、「味覚のトーンの維持と確認」ですね。
僕ら「フランス」を掲げてる人間にとって、フランスの味覚のトーンは、
間違いなく日本の日常には存在しないトーンなんです。
いくら体感してても所詮僕らは日本人。
そのD.N.Aが記憶を薄めていってしまうわけです。
それを補うために、同じ思い(・・・と僕なんかが言うと失礼なんですが)の料理人の店に、
足を運び、「うんうん、そうだよね。こうだよね」と、自分に確認するんです。
もちろん食に興味もありますから、その他のジャンルにも行きますが、
フランス料理に関しては、その行為が大事なウェートを占めています。

そんなこんなで今日も長くなってしまいました(笑)
このブログの読者は、うちのお客さんがほとんどやと思います。
そのなかでも特に近所にお住まいの方は、ファミリー層が多く、
子育てなどで自由が利かない人もたくさんおられます。
昨年は韓国やフランスに行く機会を得ましたが、そんなとき思うのは、
「うちのお客さんの目の代わりになって伝えれたらなぁ」ということです。
うちのような狭いところを狙った店に来てくださるマニアックなお客さんとは、
そのほかの部分でも共鳴できるような気がするんです(笑)
ですから僕の背景にもなってる「フランス」を、
当時のことも振り返りながら観てもらえたのは、
ブログをやってて良かったなぁ・・・と、思えた瞬間でもありました。
その分、画像も文章も多くなり、書くのは相当きつかったですけどね。
雑誌の取材や店頭だけではなかなか伝えられない側面を、
これからもゆっくりですが無理の無い範囲で綴っていけたらなぁと思っています。
あまり店のことも自分のことも書きませんが、
その内容や視点なんかから、「へ~、こんな奴がパン作ってたんや」と思ってもらえれば、
皆さんとシュクレクールという店との距離や認識も変わってくるんじゃないかと思います。
どうか良い方向に変わりますように!(笑)
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by monsieur-enfant | 2009-02-15 04:32 | とりとめなく・・

「存在」

昨夏、二番の子が海外へ勉強に出てからシェフとマダムの2人体制。
行くと何だか手を煩わせてしまいそうで、めっきりご無沙汰してました。
肥後橋「ルール ブルー」
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入ると・・・あれ?シェフとマダムと、スタッフ2人。聞くと、ちょうど今日が初日だったよう。
今年初めてなので、「今年も宜しくお願いします」とご挨拶。
相変わらず、見ただけで心躍るメニュー名。
落とした照明、シェフとの距離、食事の前の良い緊張感。
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チェリートマトのコンポート
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「甘っ!!」・・・これ、ブドウですよ(笑) 泡系には抜群の相性。

ミル貝、帆立貝、ズワイガニの入ったシーフードサラダ グレープフルーツとともに
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う・・・、アップ過ぎて何が何だかわかりませんね(笑)
とにかく、これを「シーフードサラダ」と表記してしまっていいんでしょうか!?
こんな幸せなサラダ、みみちく食べてる場合じゃないですよ。
だって、ホタテとミル貝とズワイガニを一緒の皿で食す機会すら貴重なんですから。
ただ、口いっぱいに入れ過ぎて、グレープフルーツがわからなかった・・・・。

サザエ、紋甲イカ、マッシュルーム、大根、アスパラ、トマトの入った香草バターソテー
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これ・・・また出会ってしまった。
昨年、悶絶した記憶が一気にフラッシュバック。香りも若干フラッシュバックしたくらい(笑)
磯の香りとバターの何とも言えない芳しさ。炒った松の実も好相性。
サザエ、紋甲イカの食感に、たっぷり野菜の旨みが相まって・・・。
何だか頼りないパンじゃなくて、丼にしてかきこみたいくらい。

最初はね、注文してなかったんですよ。迷ってたんですけどね。
魚介、魚介と続いてたんで、「最後はお肉食べよか」と。
でも、頭の中から離れなかったんです・・・。
と、奥のテーブル席に運ばれていく「アレ」が視界に!
「スイマセン!!あの白子、追加してください!!」
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ですので、メニューちゃんと見てません。「あの白子」です(笑)
バルサミコの酸を利かせたソースのようですが、酸もほどほどに丸く良い塩梅。
その例えが安っぽいが故に受け入れてもらえないのですが、
僕なりの大賛辞「たこ焼きのような」白子のポワレ。・・・だめですか?(笑)
周りカリッカリに香ばしく、中トローン・・・て、合ってるでしょ!?
じゃあ、これからは美味しいたこ焼き食べたら、
「う~ん、白子のポワレのようや・・・」って言いますわ。・・・・タコ入ってますけどね。

越後もち豚のロースの炭火焼 粒マスタードのソース
熊本産いろいろなキノコとインゲンのソテーを添えて
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これだけ食べても食欲をそそるビジュアル。
もう行きたくなってる方も多いんじゃ?
キノコもさることながらインゲンの食感も重要。
やはりここはスゴイですわ・・・。
偉そうに言えませんが、丁寧な仕事に十分なボリューム。
技術ももちろんですが、心意気を感じ味わう舞台のような気がします。

自家製プリン
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子供の頃の「おっきいプリンを独り占めしたい!」って夢が叶うプリンです。

エスプレッソ
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テンションを下げて、下界に戻る準備をする儀式のよう。(笑)

今日はマダムと初めてゆっくり話せて良かったです。
何度かお会いはしてたんですけどね。
「こんな人と思ってなかった」っていうのは、ホントによく言われます。慣れっこです(笑)
僕、めっちゃめちゃ冷たく見られるんです。ま、冷たいんですけどね。
上手いこと言って「クール」とか言われますけど、
「それ冷たそうってことやろ?」って思ってますから(笑)
ま、割りに、その割りにですが、比較・・・的ですが、よく喋ります。
興味ないことには相槌も打ちませんが、
こっちのテリトリーに入ろうもんなら「堪忍して~」って言うまで喋ります。
言ってもなお喋ります。
マダムは、そのギャップに驚いてたようですが、
やはり、そんな面倒くさいヤツの話を聞いてくれる方がいなければ喋れません。
ちゃんと聞いてくれそうな方にしか喋れないものなんです。
こちらこそ聞いて下さって、喋らせて下さって、ありがとうございました。

それからもう一つ。
「出会い」って、人生に様々なアクセントを与えてくれると思うんです。
そしてその「出会い」の意味も一つではなく様々なんです。
先にも書いたようにお皿に心意気が乗っかるシェフですが、
「出会い」と勝手に言わせていただくのもおこがましいのですが、
このようなシェフに声をかけていただいてることを、ホントに有難く思うんです。
南條シェフはホントに腰が低い方なんです。
こっちが頭を地面に着けなあかんかな・・・って思うくらい腰の低い方なんです。
これだけのキャリアと実績と技術があるのに、
僕みたいな異業種の若造にまで丁寧に接して下さる。
もちろん嫌味も無ければ媚びることも無い。
時折「ズバッ」と切り裂く辛口コメントから察するに八方美人でもない様子(笑)
カッコイイ・・・って、素直に思うんです。
昔はね、といっても若かりし頃はね、
イキッて強がってるヤツがカッコ良かったわけですよ。
悪ぶってメンチきってるヤツがカッコ良かったわけですよ(時代古過ぎます?)。
今はね、圧倒的な力や経験をを持ちながら、頭を下げれるような大人に、
ゾクッとするような強さを感じます。余裕というか、懐の深さというか。
しょうもないくせに、ふんぞり返ってる人、沢山いるでしょ?
「ふんぞり返ってしまったから、しょうもなくなってしまった」が正しいのかな?
飲食業界なんて腐るほどいるんじゃないですか?
大海を知らずに狭い独特の世界で生きてきてるもんだから、
何十坪かそこらの空間で評価されただけで簡単に勘違いなさる。
でもね、世の中いろんな誘惑があります。勘違いしはる人も、いてしかりの世の中。
特徴として「シェフ」とか「先生」とか呼ばれる職種に多いんじゃないですか?
そんなときに大事なのが、「どんな方と出会ってきたのか」やと思うんです。
わかりやすく、手っ取り早く言えば、例えばここルール ブルーの南條シェフに、
「岩永君・・・最近ちょっとキミ、違うと思うやけど」なんて言われた日にゃ最悪です(笑)
そう、なんだか見透かされていそうな感じがするんです。
「この方々に愛想つかされた時点で、恐らく僕は僕じゃなくなってる」
って思える方との出会いが、
勘違いしたり、ブレたり、調子乗ったり、道を外したりする歯止めにもなるわけです。
つまり、自分を戒めれるわけなんです。
南條シェフは、特別長い時間お話させていただいたわけではありません。
でも勝手に僕にとっての「そんな方々」に入れさせていただいてます(笑)
お顔は優しいのですが身体も大きいので笑わないと一見怖いのですが、
「友だちが3人しかいないんですよ」とかいう話をしてると、
「4人目に入れてもらえませんかね」と話しかけてくださります。全く恐れ多い話です(笑)
でも、こうしてたまに訪ねた時に普通に話かけてもらえると、
「よし!なんとか僕は僕のままや!」と、安心できるんです。
だから、話しかけてもらえるまでドキドキして待ってるんです(笑)

「目をかけてもらってるうちが花やなぁ・・・」と思いながら、
そしてまた美味しい料理を目の当たりにし「僕ももっともっと頑張らな!」って思いながら、
エッチラオッチラ、吹田まで帰るのでした。
ってか、この時少しお話してもらったことを書きたかったんですが、
すでにここまでで4時間費やしてます・・・。
相変わらず時間かかるのですよ・・・。
またなんかの機会に書きますね。
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by monsieur-enfant | 2009-02-13 04:41 | ルール ブルー

365分の1

「人は悲しいくらい、忘れていく生き物」
僕の大好きなアーティストはそう歌った。
「消えることない痛みなら、いっそ引き連れて」とも。
「1」を抱えて生きる「365」。
「365」という日常で薄れていた記憶を引き戻す「1」。
喜びや悲しみ、出会いや別れ、そんな大小の「1」を積み重ね「365」を生き、
そんな「365」を積み重ね、僕らは大人になってきた。
「1」がなくては「365」の歳月は彩を失い、
また「365」がなくては、人は「1」の喜びや悲しみに気づくこともないのかもしれない。
痛みを抱えた人たちは、
自分の意思の及ばない時間や社会の時間の流れに手を引かれ、
また「365」を刻む日々の生活の中で自分を取り戻し、再び歩を進めていくのです。
今までの「365」ではなく、新たに痛みを抱え伴った「365」を、再び歩き出すんです。
でも、残酷なのか優しさなのか、
忘れさせてくれないのか思い出させてくれているのか、
廻る「365」の時間の流れは、また確実に「1」の日を連れてきます。
「1」の日を忘れて「365」を生きてるわけではありません。
いつも抱えて生きている人にとって、その日を特別突きつけることもないでしょう。
そう、特別ではない「特別な日」。
多くは喜びよりも悲しみが深く刻まれる「1」の日。
そんな廻り廻ってきた1日を、
どうか後悔や自責の念に駆られて過ごさないでください。
泣いたらいけない日じゃありません。
「364」、歯を喰いしばって日常を生きているんです。
その分、いっぱい泣いてください。
でも、うつむいて泣かないでくださいね。
顔を上げて、思いっきり泣いてください。
同じく泣いてる人、同じく悲しんでる人、何もしてあげれず佇んでる人、見えるはずです。
一人じゃないんです。抱えて生きてるのも、あなただけじゃないんです。

しまい込んだ想い出や感情を、そっと紐解いて、
また日常があなたを連れ戻しにくるまで、
大切に・・・大切に・・・その日を過ごしてくださいね。
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by monsieur-enfant | 2009-02-12 06:10 | とりとめなく・・