人気ブログランキング |

ブログトップ

なないろめがね

序章・・・・・・の序章になっちゃった(笑)

真に遅ればせまくりましたが、
今回は、良き親友であり、良き先輩であり、尊敬する職人でもある一人の男の物語・・・。

まあ最初は「イヤなヤツ・・・」って印象でした(笑)
出会ったのは9年程前ですかね。
神戸摂津本山のレストラン「ルイ ブラン」。
アルページュなどで経験を積まれた島田シェフのお店です。
彼の名前は「米田 肇」。
ほんの数日違いで入店された先輩です。
歳も2つ上でした・・・よね?
そう、オープンして瞬く間に時の人となってる、
「レストラン ガストロノミック ハジメ」のオーナーシェフです。
いちいちうるさい人でした(笑)
あの頃から一切の妥協を嫌うキュイジニエでした。
「なんでこんな不味いの作るの?」って聞かれたこともありました。
本人忘れてるでしょうけど(笑)
でもまぁ、お互い変わってましたね、あの頃から。
「料理人として、1番になりたい」
言ってましたよね?
「でも、パンは岩永さんには勝てそうにない。」
しょぼいパン作ってた僕にそう言ってくれましたよね、最期のほうでしたけど(笑)

当時のメンツは、今思えばとてつもなく意識レベルが高く、
ソムリエの岸田さんは東京に渡りレストランで働いた後、
今は六本木でワインバー「ル カプリス」を営み、
スーシェフだった大谷さんは、またいづれ紹介することになるでしょうが、
この秋にビストロを市内でオープンさせます。
パティシエールの子も、当時20歳だったかな?
よくみんなの中でついてきてたよね。・・・超安月給で(笑)
今は旦那さんと一緒に六甲道でお菓子屋さんやってます。
そして米田さんと、・・・変態パン屋の僕(笑)
各ポジションに、それぞれのプロがいたあの時間は、
振り返れば濃密でかけがえの無い大切な時間でした。
そこで「フランス」を明確に意識づけられ、
キュイジニエという人種に出会い
見た事も無い食材に刺激され、
ソムリエには、サービスとは・・・と休み時間中延々話され(笑)
パティシエールの子とは作業場が一緒やったんですが
場所の取り合いと愚痴を聞いてやったことくらいしか覚えてないなぁ(笑)

とりあえず、「料理を知らんことには、この人らと対等に話すこともできへんわ」
と、パンしか知らんかった僕に強烈な意識改革が起こったのは、
紛れも無くこの頃でした。
それから偶然にも渡仏時期が三人重なり、
大谷さん、米田さんとは、一つ同じ時代、同じ場所を、
肌で感じ、共に過ごし、そして生きた、絆のようなものがあるんです。
・・・僕だけですかね?(笑)

大谷さんについては、いづれまた書きますので
話を米田さんに移します。
南仏での語学留学を経てロワールに渡った米田さんは、
二ツ星で腕を磨き帰国・・・したと思ったらすぐ北海道へ。
そう、洞爺のウィンザーホテル内、「ミッシェル ブラス」です。
しかもその年は、まだただの知り合いだった頃のうちのパティシエ2人を
同時にウィンザーに放り込んだ年だったんです。
どこまで縁があるんやら(笑)

僕はと言えば、やはり「米田 肇」の存在は大きく、
フランス滞在中も常に意識の中にありました。
パン屋より菓子屋、菓子屋よりレストランに足を運びました。
もし仮に米田さんといつか仕事する時が来たとして、
知らないじゃ済まないとの危機感に駆り立てられ
ブラッセリー、ビストロ、レストランも一つ二つ三ツ星と、
そのジャンルの何たるかを理解しようと必死で食べました。
どのような空間の中で、どのような時間が流れ、
どのような人たちが訪れ、何を望まれ何を返すのか。
そして・・・パンは、どう存在してるのか。
短い滞在期間の中で、無理やり地方に足を運んだのも、
米田さんが知ってて僕が知らないことを少しでも無くしたかったから。
ブルターニュ、アルザス、ブルゴーニュ、プロヴァンス・・・。
プロヴァンス以外は常に日帰りの強行スケジュールでしたが(笑)

あ、余談ですが、米田さん、実は絵も描きはって、
ロワールで労働ビザの申請したときなかなか下りず困り果ててた頃、
描いた絵がロワールのAOCワインのラベルに選ばれ
「絵を描きなさい。そのために収入がいるなら料理をしなさい」みたいな(笑)
あべこべの理由ですが無事労働ビザが下りたんです。
そのワインがこちら(シュクレに飾ってます)。
c0116714_2362277.jpg

一時帰国した際その話を聞いて、
「じゃ、うちにもなんか描いてください」と
あつかましくお願いしてフランスから送ってきてくれた絵がこちら(シュクレに飾ってます)。
c0116714_2382610.jpg

確か「手作りの手」って言ってたような。モチーフは僕の仕事だそうです。
戒めも兼ねて、ちゃんと目につくところに飾ってます。
ただ、お店は「東京かフランスで・・・」と言ってたので
現実的には一緒に働く可能性は低いはずでした。

人生いろいろありますよね。
まさにいろいろあって、出店を大阪に決めてくれました。
その理由の一つに、うちのパンを使えることを挙げてくれました。
もちろんそこに馴れ合いは無く、
「良いパンだから使いたい」と願うキュイジニエと
「良いキュイジニエだから是非使って欲しい」と願うブーランジェと
純粋にその選択の場にどちらも妥協せず、
胸張って対峙できたことが、武者震いするほど嬉しかったんです。
どちらかが中途半端なら、恐らくどちらかが断っていたでしょう。
それを一度も接点の無い中で、
また同じ・・・・いや、遥か高みを目指せる舞台で競演できる素晴らしさ。
選んでもらえるブーランジェになってて良かった・・・と少しホッともしましたが・・。

フランスでの修行経験のあるパン職人も増えてきましたが、
三ツ星の空気、料理、パンを知る職人は少ないはず。
まだ店では開いてない引き出しを開いて、
米田さんのサポートが出来たらなぁ・・と思います。
そして、うちには来ないけどハジメには行く料理人全てに、
自分の店で出すパンに如何に意識が行き届いてないかを問いたいと思います。
いくら「なになに産の有機野菜を・・・」とか言われても、
「は?」ってパンを平気で出しはる店が余りに多すぎます。
所詮そこまでの意識か・・・と愕然とします。
ま、そこを気づかせれない僕らも寒いんですけどね。
あ・・・・「レストラン ガストロノミック ハジメ」のレセプションの記事やったのに(笑)

相変わらず、パソコンに向かうまでにかなりの条件が整うことが必要で、
なかなか更新できないのに書けばこの長さ・・・。疲れます。
とりあえず、今日はここまで。本題は次回書きますね。
さ、お風呂入らな・・・・って3時半やん・・。
by monsieur-enfant | 2008-07-10 03:10 | HAJIME